2009年09月08日

南相馬市鹿島区であった日本語がうまい中国人の労働者


今自転車で町を走っていたら「公園ありませんか」と自転車に乗りながら発音が変な人と出会った。中国人だった。話しかけてくる中国人がめずらしいので公園に案内した。その中国人は顔が喜劇俳優のようで親しみがもてた。そしてかなり日本語が通じたことである。前にスリランカの人と出会ったがその人は5年くらいいても日本語がうまくなかった。その人は相当日本語が通じる、日本人と同じ様に会話できるのに驚いた。すでに三年間南相馬市の鹿島区にいて10日中国の吉林省に仙台から飛行機で帰るという、飛行時間は二時間半である。そうか、飛行機だとそれも仙台からだとそれだけ近いのかと改めて今の時代が中国がいかに近いか再認識した。二時間半といえば大阪に行くより近いのである。中国人は女性でも前からみかけていた。
ただこれだけ日本語が話せる中国人がいたことに驚いたのである。

 
満州にはロシアから鉄道で入って行ったことがある。満州里はロシア人が多く買物に来る、ロシア語の看板と中国語の看板がでている。中国の電気製品などを買物にきている。汽車で出会った人は材木商で若いのに金持ちだった。トヨタをもっているから相当な金持ちである。中国でトヨタをもっていることは日本人より金持ちなのだ。中国人の金持ちは日本人の金持ちより金持ちである。物価が安いのにトヨタをもっていることは日本と中国では金持ちのレベルが違うからである。五六十万で家が建つと言っていたがそんなレベルである。満州の鉄道は何の面白みもない、変化が全くないのだ。どこまで行ってもとうもろこし畑でありあとはたまたま川があるだけである。その河も汚れている。あとは山らしい山もないどこまでも平坦でありとうもろこし畑である。とうもろこしは今では動物の家畜の飼料に使われているという、人間の食料ではない、それからエネルギ-源としてとうもろこしは脚光浴びているから高くもなっているという、あれだけのトウモロコシあれば燃料にするには向いている。あれだけの広さがあるからだ。日本にないのは広さなのである。
 
その中国人は中国の食料は強い農薬使っているからすすめられないと言っていた。日本の米はうまいだろうと言ったらコシヒカリとか何か有名な米を知っている。日本人は親切でいいとか中国人は悪い人が多いとか言っていた。そして公園でも藤の木などがあったのがめずらしいのかプラタナスの木が中国の街路樹にもあると言っていた。それは私もみかけた。中国の山は名前も砂岩とか岩だらけの緑がない山々である。満州はまた寒いだろうと言ったら寒い、ここは気候がいいと言っていた。海の方は温暖とも言っていた。満州では零下二〇度くらいになるから大変である。日本の方が住みやすいことはまちがいない、たまった金で車を買いタクシ-をやるとか言っていた、ただ車を買うほどの金はたまっていないとかも言っていた。
 
あれだけ日本語しゃべるのには驚いた、若い人のように見えたが白髪染めを買うとか子供がいるとかそれなりに年の人だった。今若い人ばかり出稼ぎに来ているだけではない、前にスリランカに会った人は寒くてまいったとか言って帰ったが満州なら寒さには強い、インドネシアの看護師が岩手県にきて寒さで耐えられないと国に帰ったとか意外と気候は外国では影響するのだ。日本でも蒸し暑さはひといから暑さが他の国より厳しいと感じる人もいるだろうし外国はやはり適応するのはむずかしいのは変わりがない、ただ鹿島区に三年もいて友達ができたとか今度は遊びに来るとか日本を気にいったみたいだ。満州よりは確かに日本があらゆることで住みやすい、物価高をのぞけばみんなそうである。やはり今は外国はこんなに近いのかと再認識した。田舎でもニ-トとか働かない人がふえた。でも中国辺りからなら飛行機で二時間半で出稼ぎにこれる。この距離は改めてグロ-バル化した労働環境の変化を肌で感じた。世界がこれほど近い、中国は本当に隣のように近いのだ。そこからいつでも遊びにも働きにも来れるのだ。働くとなるとめんどうなことになるがそれでも相当な数がこうして辺鄙な田舎まで入ってきている現実があるのだ。これは他の国とは違う、中国はそれだけ本当に近いのである。飛行機で二時間半、仙台からあっというまに満州についているのだ。
 
前にスリランカの人は指を工場で怪我して切断した。そこでもある人が工場で指を切断したらしいでも保険がおりずもらいなかったことを言っていた。その人は保険はひかれていると言っていた。スリランカの人は保険を相当もらって国に帰った、やはり何百万もらったのだからその金は怪我をしたとしても大きい金だったのである。保険をかけないと悲惨なことになった。現実この事故は隠されてしまったから外国人はこういうところで犠牲にされる損をすることがある。


外国人労働者を一千万単位で受け入れるというときそれは中国人が主である。特に満州地域は貧乏だから今日本来ている研修生とか出稼ぎ者は中国でも満州が一番多いのである。ここは戦争中も関係深かったから老人だと日本語がまだしゃべれる老人がいるだろう。世の中今やこんな東北の田舎でもすでにグロ-バル化して久しいのだ。グロ-バル化に否定的なことを書いてきたがグロ-バル化せざるをえないのも現実なのである。中国と日本と一体化して考えざるをえなくなっているのも現実なのである。アメリカになるとやはり経済的つながりは深くても飛行機で二時間半というわけにはいかない、つまりこの距離が時間が日本と中国を一体化するのである。やはり日本の少子化対策とかいくらやってもうまくいかない、過疎地域などは本当に外国人などを入れないと成り立たなくなる。条件の悪いところでもそうとも思わないのが中国人である。第一満州などは生活条件が厳しいから気候的に日本なら楽だとなるからだ。いづれにしろこうした外国人労働者が相当数すでにいることが今の日本もグロ-バル化にまきこまれていて複雑化している。でもいちがいに悪いとは否定できないのが現実になってしまっていたのである。

 
満州の寒さ厳しきここに住み人もあたたかくまた来なむかな
posted by 老鶯 at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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