2009年08月31日

自動販売機のトラブル(おつりがでない)(1)


 
農協の脇の自動販売機が10円安いとわかったので千円札入れてコ-ヒ-を三つほど買った。でもお釣りがでなくなった。それで連絡先が書いてあったので連絡した。そしたらお釣りは郵便為替で送ると言ったので安心した。でもあとで係のものが調べたら故障していない、隣の自動販売機で買ったのでしょうと言われた。隣の自動販売機は違う会社のものだった。隣り合っていても自動販売機は違う会社のものが並んでいたのだ。ここもややこしくしたのである。今日買ったその場所で確かめたら隣の自動販売機から買ったものでないし連絡先が出ていないのだ。だから隣の自動販売機は連絡先がないのだからお釣りが出ないとかトラブルにあったら連絡しようがない、これも困った話である。つまり自動販売機には責任者がいないことがあるのだ。そこでトラブルがあっても千円入れてお釣りがでなくても支払われないことが起きる。そのくらいだからあきらめろともなる。そして考えたことは一体責任者は誰なのか?機械にあるわけがないから機械を設置した会社や人にある。ところがお釣りが出ないということを果たして明確に証明できるかとなるとむずかしくなる。なぜなら領収書が出るわけでもない、本当にあなたは千円札入れたのですかという証明ができないのである。だからそのくらいの金ということで泣き寝入りになるかもしれない、連絡先がないのはあとの責任を負わないということかもしれない、連絡しようがないからだ。責任の所在がはっきりしていないからだ。
 
世の中何でも責任がはっきりしないと困るのだ。小さな金だから責任を問うということもないとしてあいまいになっている。そこに人がいないなのだから余計にそうである。裁判でも何か自ら証明できないとアリバイでも疑いが晴れない、だから物証でも何でも証拠をそろいることが大事になる。それも客観的証拠が大事になる。それが果たして自動販売機では得られるのかというと得られない、機械が千円札を入れたことを記録してそれを見回った人がまちがいないと言えばそれまででありそれ以上追求することは無理だろう。これくらいの金で追求しつづけることはできないだろう。自動販売機は責任をとる人がいないのである。責任をとる人がいないことはお手上げでありどうにもならない、機械は責任をとるわけではない、責任をとるのは会社であり人である。今は機械の時代だからインタ-ネットなども誰が責任者なのかわかりにくい、実名で書いていても本人が存在するかどうかもわからない、連絡先があっても本当に本人なのかどうか、本当に責任をとってくれるのかどうかもはっいりしない、機械を媒介にしていても機械が責任をとるわけではない、機械が複雑になると余計に責任の所在もわかりにくくなるのだ。
 
この問題を法律的にどう解釈するかとなるのか?理屈好きだからこんなことをいつも書いているのだ。法律家になるのが向いていたかもしれない、法律はやはり誰に責任の所在があるかが重要なテ-マである。責任が問われるから素人にはわかりにくいように事前に契約しておく、その項目が長くなりほとんど読んでもわからないとかなる。それはただ・・・があっても当社では責任をとりませんよということを事前に明記しているのだ。まあ、自動販売機などは額が知れているからそういうことは明確ではない、でもこうしたトラブルがあるから連絡先が書いてあれば責任の所在を明確化しているから連絡先がないよりは信用できるとなる。

 
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posted by 老鶯 at 15:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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