2009年08月19日

なぜ3万くらいの金で殺人が・・(金をめぐる事件が絶えないのはなぜ)


 

大阪市旭区中宮5のマンションで、住人男性に熱湯を浴びせて死亡させたとして、府警捜査1課と旭署は18日、同じマンションに住む無職湯浅盛行容疑者(46)を傷害致死容疑で逮捕した。
 調べに、「貸した3万5000円を返してもらえず、無性に腹が立った」などと容疑を認めているという。

 発表では、湯浅容疑者は17日夕、マンション4階の無職園木克彦さん(65)方で、園木さんの頭をけった上、ボウルに入れた熱湯を顔に数回かけ、やけどのショックが原因で死なせた疑い。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090818-OYT1T01127.htm

●金は人を具体的に執着させるから事件になる

金をめぐって事件になり殺人になるのは日常茶飯事である。でもこうした極端に少ない金で殺人になるのもあり理解しかねる、金の不思議は一億もっている人の百万はたいした金ではない、十万くらいになるのだ。ところがこの無職で貧乏人の金はこんな小額の金でも何百万の金の感覚になっていたかもしれない、もちろんこれは殺す気ではなかった。ショックで偶然に死んでしまったのだろう。金の恨みは怖い、金には人の怨念がいろいろとまつりわりつくから怖いのだ。金は抽象的なものではなく具体的なものとしてありだから余計に金に人の恨みつらみがついてしまう。3万5000円でもやはりその人にとっては大きな金であり3万5000円返してもらえば・・・・と毎日のように思っていたかもしれない、実は自分は・・万という金を貸したわけではないが何もしてくれないのに親戚にとられたも同然でありそのことでその親戚を恨むようになった。・・万を返してくれればなと・・・・何度もおさえようとしても思うのである。それはやはり具体的な金として恨みが金にのりうつるからだ。ここから自分でも危険を感じた、その・・万にこだわれば・・万を返して欲しいとなればその金のために殺人になりかねない・・・・金にはどうしてもこのように怨念が金にまつわりつき事件になりやすいのだ。自分の場合は金に余裕ができていたのでしょうがないかなとあきらめているがそれでも金にこだわる、それだけ金には魔力がある、具体的な力があるのだ。それが悪い方に作用すると殺人までになりやすいのだ。
 

●金には恨みや呪いがかかりやすい

だから金にはいい金と悪い金がある、介護したのに遺産相続で金は何もしない兄弟がもらい自分はもらいが少なかったなど金では常にもめる。不正をして人を苦しめてもうけた金は呪いとなる。そこには恨みがこもっているからだ。財閥となった家でも下々のものをこき使い苦しめて財を成したような場合もその家は呪いのある家となる。遺産相続でも相続されていいものとなぜ親がその子を恨み死んだのに相続できるのだろうかという人もいる。相続にふさわしくない人もかなりいて現実は相続している。そういうものも死んだ人の恨みや呪いが金にのりうつるから金が入ったからといって手放しで喜んではいられない、そういう金には相当な恨みがこもっている。例えば一億円が捨ててあったとかあったがこれも拾ったりして自分のものにしたりしたらその金は何か不正で手に入れたものであり悪事してもうけた金かもしれないからそんな金を拾い使おうとしたら災いがふりかかるかもしれない、金は何でもいいから入ればいいというものではない、実際になぜかそうして金だけが入ってくる人がいる。のちのち危険に思うのだがそんなことには頓着しないのだ。金が入ればいいと金のためにだけ人とかかわっているのだ。金の問題でなぜこれほど事件が起きるのか、それは金は何か抽象的にあいつが憎いとかなるのではない、金をとられた、その金を返してほしいとか具体的になるからだ。つまり取り返すべき金が現実にいくらとしてあるからだ。借金を返せとなり殺人までになる。金を貸した方でもその金に執着すると事件になりやすい、だから金を貸す方も危険なのである。具体的な金額としてありどうしても返して欲しいとなると殺人までにもなってしまう。そういう事件が多いのは金は具体的でありそれだけの力をもっている魔力をもっているからである。
 

●金持ち喧嘩せずとは

いづれにしろ金持ち喧嘩せずであり貧乏人は金をそもそも貸すべきではない、おそらく貧乏人だからこそ3万5000円でもあきらめられなくなる。普通だったらそんな金どうでもいいかとなる。現実にそのくらい貸したことがあるけどくれたものとして催促もしない、普通だったらそうだろう。
でも貧乏人だったらそんな金にもこだわりができるのた。3万5000円はもともとオレの金だった、その金を返してくれればとこだわるのだ。これは自分の経験からもわかった、額が大きいから余計にそうなのだがどんなことであれ金にこだわればその金に執着すれば事件になりやすいのだ。金から事件が起こりやすいのはそのためなのだ。金の扱いが使い方もいかにむずかしいかわかる。金は具体的だから具体的な作用を及ぼしてくるから金があるからといって使い方を誤っても危険なのである。金は貸す方も借金する方も安易にするべきではないのだ。金に常にこうした怖さがある。ただ金になるからとかかわっていると危険であり危険ゾ-ンのなかに金のために入ってゆく。それは争いとなり事件につながる。でもそういう人は結局金しか見えていない、金しか見えないから事件が起きてくるのだ。いくらかの金が欲しい、欲しいしか頭になくなるから事件が起きてくる。金という魔物に動かされてしまう、操られてしまう。それはあらゆる所で起きている。政治も経済も宗教も金で動いている、この世の中すべて金で動いているというのもそのためである。具体的な金の動きを見るとわかる。宗教団体でも巨額の金が入り具体的に金で動いていることがわかる。金でもって出版であれ様々な宣伝活動もできる。金に支配されているのが実体なのである。だから金集めにあくどいのである。第一そんなに金が集まること自体いかがわしい、その金も兆ともなればそこは金の宗教になっているのだ。金の収支とかみるとそれがどういう団体なのかわかりやすい、金を操作して社会を支配できるから金が魔力をもち人は金に追われる。

 
●金は増えない限りいくらあっても安心感がない

金はまたいくらあっるからと満足することはない、金は一億持っていても決して満足することはない、さらに金は増えることを望むのである。なぜ老人が金を使わないのか、原因は金をもっていても利子がつかない、株も上がらない、いくらもっていてもその金がふえないからなのだ。
人間はすでにもっている物に加えてさらに新しい物が獲得できるという保証がある時でないと物をもっているという安心感にひたれないのである。(マキャベリ-君主論)
このモノを金に置き換えればわかる。金もいくらもっていても増えなければ持っている安心感がないから老人は金をもっていても消費しないのである。だから利子がつき株が上がり老人が今持っている金がふえるようであれば消費することはまちがいない、年金も保証されないようでは7万くらいではいくら金をもっていても安心がないから消費しないのである。

posted by 老鶯 at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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