2009年08月15日

お盆と先祖(死者)供養の意義


 

●お盆に迎える家が絶えたらどうなる


お盆は何かというと初盆なら最も身近な人、肉親が死んだときするからその祭祀者になればその意義を感じる。その役目は一家の長であり長男がするべきものだった。自分は長男でもしたことがなかった。今度はじめて自分でした。迎え火があり送り火もあるというのも知った。死んだ人の魂がお盆に訪れ帰ってゆくという、それは最も身近な人が死んだから具体的わかりやすい、その人の遺影も祭ってある。初盆になると余計に身近でありその魂はまだそんなに遠く行ってないことを感じるからだ。ところが私の祖母の実家は消失して墓だけしか残っていない、前にも書いたけどこの家の事情も複雑でありその実家の生き残りは母しかもはやいない、あとは兄弟姉妹も全部死んでしまった。その母から実家のことを良く聞くが実の母に育てられなかったのでその話は普通の親の話とは違いどちらかというと被害にあった話が多かったのだ。
自分にしてもその人が祖母だと思って育っていなかった。でも今考えると祖母だったのである。その女性は養老院に入り死んだのを看取ったのは母だけだった。他にその時兄弟が生きていたが絶縁状態にあり看取ることはなかった。しかしその遺骨は我が家に来た。その祖母にあたる女性は長い間、養老院で世話になったから解剖で死体を役立たせてほしいと言う遺言を残していたからである。それで大学病院で解剖したあと荼毘にふされお骨は我が家にもたらされあとで墓に埋葬した。


●お盆に迎えられない魂はどうなる?


でもふりかえるとそのあと初盆でも迎え火を炊いたり初盆の儀式をしていなかった。なぜならその祖母の実家の家はすでになくなっていたからである。もし家が消失すれば誰も迎える人がない、お盆でも迎え火を炊く人がいないしそもそも家がないのだから迎えようがないのだ。お盆はその家に連なる人を迎える行事だという、でもその家が消失したら迎える人もいないということになる。そういう死者もいるし無縁化した墓も相当ある。ではそういう死者を迎えるのは誰なのか?その家や家系が絶えたらいないことにならないか、村だったら昔は墓もなく共同墓地に埋葬してお盆の祭りをしていたからそうはならない、ところが家の祭りとなるとその家が絶えたら誰も迎えられないという矛盾がお盆にはあった。やはりそうなると死者は供養されないし淋しいものとなる。前にも書いたけど一軒一軒の家の供養ではなく村全体の先祖の供養としてお盆の祭りがあった。それが゛明治以降一家の墓となったことでその風習は一家中心の祭りとなったからこういうことが起こってくるのだ。その家が家系が絶えれば誰も迎える人がいなくなってしまうのだ。一軒一軒の家で死者を供養するにしてもその家系の人だけとなると許容範囲が狭すぎるから限定されるからそうなる。墓が増えて無縁化する墓が多いのとにている。墓の跡継ぎがいなくなり無縁化する。例えば昔のように実家が一つの家の要として残っていると祭りは継承されやすいが分家がふえてさらに分家がふえて墓もふえると無縁化する墓もふえてゆき遂には誰もお盆では迎え火を炊く人もいない、迎えられる家もなくなることになる。村全体の祭りなら継承されるが家に限定されると祭りも継承しにくいのだ。家はみんなが長くつづくとは限らない、絶える家も相当あるからだ。

●戦死者を迎えることと重なるお盆

 

お盆の時期はともかく終戦記念日の日でもあり戦死者をいたむ、供養する日とも重なり戦争体験を語る人がNHKのテレビで放送した。そこで印象的だったのは戦友の死が犬死にだった無益な死だったとはとてもいえないというのは実感だろう。それは家族に深く戦争にかかわった人がいるとそうなる。すでに私の家でも戦争にかかわった人は死んだが最後まで死ぬ間際まで戦争のことを語り死んでいった。認知症になっても戦争のことは忘れなかった。それほど戦争は忘れられない傷痕を残したのである。人間は死んだら生きている人と全く関係なくなくなるかというとそうでないから死者をどう扱うかということで日本ではお盆という風習が生まれた。死者とのつながりをもたせる祭りがお盆なのである。祭りは祀りであり死者を祭ることからはじまったからである。だから死者を供養するときその死者と語ることがお盆の時期でもある。あの人はこうだったとかああだったとかいろいろ思い出し語るのがお盆なのである。死者を思い出すのがお盆なのである。でも戦争にしても個々の家の死者にしてもいい面だけではない思い出したくない、嫌な思い出が死者にもある。それが極端だと親でも供養したくない、全く子を省みない勝手な人だったとかなると供養もしたくなくなるのだ。死者の扱いは戦死者だけではない、個々の家族でも様々でありむずかしいのだ。それで戦死者の帰る場所を靖国神社としたのもわかる。戦死者は今やここの家族だけで祭られているとは限らないからだ。村の先祖のように共同の墓地に祭られて供養したのがお盆だったように日本人の死者を祀り供養する場として靖国神社がありこれを否定するものは靖国とは関係ない、国立の共同墓地に祀るべきだとなる。
共同の祀り、祭りの場所が必要になっていることは共通しているのである。

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posted by 老鶯 at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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