2009年08月12日

お盆は何なのか?(死者の祭祀であり男性が中心たるべき)


 

迎火を絶やさず炊きし姉は死に迎えれる女(ヒト)となりしもあわれ


人一倍親思いだった姉は玄関で迎え火を炊いていたという、家のことは何でも中心になって姉がしていた。その姉がしていたことを今度は自分がすることになった。祭りを行う中心の人は意外と大事なのだ。祭祀者は重要であった。天皇がなぜこれほど日本でその地位が変わらず一番高いものとして認められているのか?それは天皇が権力者ではなく祭祀者であるからである。何を祭祀しているのか?日本の先祖-神の祭祀者としてあるからその地位は変わらないのだ。ヨ-ロッパの王は権力者であり権力者なら別に女性でもいいということでエリザベス女王にもなる。ところが祭祀者になると男性に限られることになるのだ。祭祀者は神と通じるのは男性であらねばならない、それはほとんどの宗教でそうだった。それで長子が一番大事なものとして扱われたのは世界中で同じである。長子は特別のものとして大事にされた。兄弟平等だとか男女の権利は同等だとかいうがそれは結局秩序を乱すことになり家が破壊されるものとなっただけである。その家をまとめ維持するには中心たるものが必ず必要である。日本で統一が保たれたのは天皇の存在が大きいのである。権力争いになると天皇が必ず関係してくるのはやはり日本の中心としての地位が変わらないからである。ともかく長子を粗末にする、ないがしろにする兄弟平等だということは世界のどこの慣習にもなかった。そんな慣習古いというが古いものには深い意味があるから代々伝えられているのである。

墓の建立者の名前が最初に男性にする、年齢が上の順ではないのも昔からの慣習にのっとっているのである。女性が家の長になったりすると祭祀者になったりすると必ず家が乱れるのである。我が家はただ特殊な事情があったからこの例にはあてはまらない、一般的には男性が祭祀者になるべきなのである。女性に家の祭祀を託すとそのあとが乱れる。母方の実家はそうなってしまった。女性に託したからその女性は常識もないいいかげんなひどい女性だったから跡継ぐものもいなくなった。男性に託されるべきだったのである。女性天皇が問題になるのはエリザベス女王のように権力者ならいいが祭祀者になるから問題なにるのだ。首相などは女性でもいいのである。でも祭祀者は男性であるべきなのだ。これは世界中でどこでもそうなっている。
お盆でも死者を祭る祭祀の行事でありこれは男性が中心になってとりおこなうべきなのである。祭祀は男性が中心となるべきである。女性がすると明らかに乱れる。天皇も女性になると明らかに国が乱れる。その問題が大きいから騒ぎとなったのだ。

お盆など今何か意味があるのかとかいろいろな祭りの意味がわからなくなっている。死者を迎える、死者を供養するとかでこれは明らかに祭祀なのである。だから中心となる祭祀者が大事になる。この祭祀と仏教は関係ない、お盆は日本古来の魂祭りであり仏教徒は関係ない、宗教が違うと戒名は気味悪いものに見えるのも不思議である。宗教が違うとそうなるのだ。風習も民族が違うとて気味悪いものと見えるのと同じである。墓を俗名にしていると良くないというがかえって戒名になっていると縁起が悪い気味悪いものに見える。仏教徒でないものにはそう見えるのである。日本古来からあるものは慣習でも大事にすべきである。これはキリスト教でも同じである。お盆にミサをしたりしているというのもそのためである。墓の祟りがあるなどどいうのはそれで商売している人である。墓にいちゃもんつけて商売にしているし仏教も戒名商売なのである。死んだ人、墓は掃除したり供養せねばならないことはわかっている。それに付随して商売にするのが汚いのである。死者を商売の種にしてはいけない、真心をもって供養すべきであり何もいらない死者を供養するには心が一番大事なのである。墓石などは割り切って商売にされるのは仕方がないが戒名とかその他墓相がどうのこうのとか因縁つけて商売にするのは邪道である。
posted by 老鶯 at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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