2009年08月04日

パソコンのトラブル(分離型は修理がめんどう)


パソコンのトラブルはめんどうである。前の一台がおかしくなったのでもう一台富士通のビスタを買った。富士通が安全でしっかりしているからと思ったからだ。それが一年以内でデスプレイの液晶が壊れた。それを店に修理に出したのだが電気店で自己判断して液晶だけが壊れたと判断した。その判断は確かであったことは言える。でも本体も一緒にもっていったのだから本体と一緒に修理に出すべきだったのだ。何故なら機械は分離していても一体だからである。二つが合わなければ完全ではない、つまり分離型は一体型パソコンより修理する時めんどうになる。二つを合わせることが必要だからである。そして人間も同じだった、人間の体も一体型であり分離型ではない、頭脳と体を切り離せないように部品としてばらばらにすることはできない、だから臓器の移植は体が合わなくて失敗することが多い、人間も一人の人間は一体型であり部品化できないのだ。
現代の人間の問題も複雑に部品化してしまい一体型でなくなっている。分離しているから一体化することがむずかしいのだ。無数の部品と化して一体として社会をもはや考えることもできない、部品化して分離化したものを一体化して総合的に診ることはできなくなっている。

古代は人間は一体化したものとして機能していた。デスプレイも本体も一体なのである。何事部品化して存在しない、あらゆるものが一体化していた。いづれにしろパソコンは前はケ−ブルがあわなくても故障していたし相性が悪いとかなり使用できないとんでもないめんどうなものだった。パソコンマニアでないが結構早い時期からパソコンをやっていた。何度もパソコン自体を初期にもどす再インスト−ルをしていた。あんなことをやってやっと使えていたのである。今では安定したがやはりパソコンはトラブルになりやすい、そうなると困るのだ。でも富士通のパソコンが一年以内にこんなトラブルになるとは思ってもみなかった。これでは信頼性を疑う、そしてビスタになってからなんにもいいことはなかった。確かに早くなったがそれはビスタではなくパソコンの性能が良くなったからである。ビスタになった結果、ソフトが使えなくなったのが多いしソフトが適合しない、最初のうちは使えてもあとで使えなくなっているとかいいことが何もない、ビスタはXPからすると安定性がないのだ。XPからビスタにするメリットはほとんどなかった。ただ新しいのがビスタしかないので買ったのである。今度のパソコンははずれだった。機械にも当りはずれがある。これも不運だったのだ。人間も年老いて故障するし家も古くなり安全性が脅かされなんかいろいろなことが以前としてうまくいかない、不運なのである。いいものに当たらなかったということは不運だったのだ。
まあ、一年以内だからどうしてもハ-ドデモスクが古くなって故障したとは思えない、また電器店に行く他ない、自転車だから大変である。苦労は以前としてつづく、一台は不思議に復旧してこっちの方が使いやすいのにはがっかりしたのである。
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posted by 老鶯 at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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