2009年07月31日

塔寺(会津から新潟(小出)へ)

uoyakawaaa1.jpg 

大川や夕蝉ひびく川向い

会津でて塔寺よりか越後へと街道行くや秋の陽没りぬ

会津なる塔寺おりてあわれなる秋の日ざしに豆を打つ人

塔寺より西会津へと向かう道さらに遠きや秋深まりぬ

魚野川の夕べ岸辺に待宵草一両の列車只見より来る

小出−魚野川
http://www6.ocn.ne.jp/~yasuei/turi.html

福島県の浜通りには大きな川は高瀬川くらいだろう。会津方面や新潟には大きな川がある。水量も豊かである。只見から新潟へでる電車には何回かのった。只見から夕べやっと一両の車両がのこのこと小出までやってくる。月見草より待宵草があっていた。川の岸辺に咲いて只見から来る電車を待っている。ここで路線は交わるからそうでもないが鉄橋をわたりやっとやってくる一両の電車は印象的なのだ。
只見は遠いし会津はさらに遠い、あの辺も相当に山深い広い地域である。日本は狭いというけど福島県だってここを歩くなり自転車でも相当広い、特に会津は奥深いからすべての道を行くことはできない、西会津は新潟まで高速バスで行った時通った。会津という土地は山におおわれているからわかりにくいのだ。結局わからずじまいになったのがかなりある。人間は近辺の地理を知るだけでも相当な時間が必要である。相馬藩内でもそうでありこれが会津になると2000メ−トル級の山がひしめいているのだからわかりにくい、電車で行っただけではわからない、一二回自転車で行ってもわかりにくい、その会津を只見から新潟の小出へでる地帯も広い、そして魚野川は印象的な川になる。ここにも二回三回行った。電車で行くとここで泊まることになるからだ。その岸辺でテントを張った記憶もある。そこで川向いから夕べ蝉の声がひびいていたのが記憶に残ったのだ。塔寺というのも情緒ある駅名である。そうした駅名は記憶される。

地形的にも広々と開けた会津盆地が終わり、これから越後や上州に向けての山間の隘路に差しかかろうかというところ、旅人の多くはこの宿で旅装を解いたであろう
http://magok.cool.ne.jp/todera.html

塔寺
http://www.pref.fukushima.jp/aizu/kensetsu/tiiki-fureai/genki/akarutouderasennwoiku/2_9_1.htm

インタ−ネットにでているものはリンクを張ると共同制作になる。そこがどういう場所だったかはあとで調べられるので便利である。
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