2009年07月15日

涼しさ(庭の石二つ)

niwaokuuishi222.jpg


庭の奥夕べ涼しき石二つ


あめんぼう二匹に増えて鉢の池

石二つ営みつづく暑さかな

五六人海釣り涼し鴎飛ぶ


今日は暑い、でも海の方は涼しい、温度差がかなりある。町の方に来たら日ざしが暑い、これが福島市だったら灼熱地獄になる。海があるとないのでは温度差が大きい、でも田舎では山でもどこか涼しい場所がある。そこは一日中涼しいのである。山でも滝のあるような所は涼しい。庭作りは終わった。石二つはここにぴったりである。ところが夕べ涼しきというとそうでもない、二階の部屋のク-ラ-の熱が下から出ていた。ここからの熱風がでているのだから自然ではない、都会の暑さはク-ラ-の熱風によって外はさらに暑くなっていたのだ。老人は汗がでなくなり暑さに弱い、フランスでは猛暑で一万人とか老人が死んだことがあった。ク-ラ-がないと生き延びられない暑さは異常であり日本も最近西の方では35度とか異常に暑い、地球温暖化なのかク-ラ-の熱のようにク-ラ-を使うことにより便利なものを使うことによりその熱が外に出されて暑くなるという文明の矛盾が温暖化なのかもしれない、子供の頃の夏休みを思い出すと32度くらいまでにはなっていたのか、31度くらいまではなっても今のように暑くなっていない、夏としては適度な温度だった。やはり何かが自然を狂わせているのだろう。今度の庭作りで石は全く無駄なく配置されている。一つ増えても無駄になる、減ってもまたたりなくなる。ここにはこれだけの石が必要不可欠である。石を人に例えると二人はなんとか今もありつづけている。庭はよくみるとみんな個性的なのである。この庭の構成もやはりここにしかない庭作りとなっている。他の家でもよくよく見ると庭は個性的である。庭はつくづく芸術品であることがわかった。

 
あめんぼうは羽があるから飛んでくるのだ。鉢の池に今日は仲間が一匹増えていた。あめんぼうは別に獲ってきて放したのではない、自然の作用でここにいる、それが不思議だった。人間の手を加えないでも一つの自然がここにある。あめんぼうはでは何を餌にしているのか、またここを飛んで別なところに行くのか、自然はあめんぼう一つでも不思議なのである。
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