2009年06月29日

ジャガイモの花(つづく庭作り)


老鶯にジャガイモの花や買物に


岩風呂にジャガイモの花や北海道
 

ジャガイモの花というと北海道である。岩風呂があり湖があり一面にジャガイモの花が咲いていた。屈斜路湖辺りだった。そこでキャンプした。北海道にはジャガイモの花が一番合うのだ。
アイルランドでジャガイモ飢饉でアメリカに脱出したからジャガイモは寒い地域にあっている。薩摩芋は南方系である。日本では北海道と沖縄は外国である。北海道は十回行ったからまた行きたい、すがすがしい気分になる。空気が違っているのだ。人間いいところには何回行ってもまた行きたいのだ。ヒマラヤに十回上った人がいたのもうなづける。 今は生活範囲は極めて限られるようになった。庭作りとか買物とか家事が仕事である。季語が二つあるのは良くないというけどすると俳句を作るのも制限されて自由がないということもある。

 
庭作りはあれやこれやとつづいている。自分のアイデアが活かされているから不思議である。ハ-ド的にやるのは大変な面があるが庭作りはそれなりに活かされる、家作りは大工さんの決められたようにしか作れないからつまらない、庭作りは頼む人が注文すること結構できる。庭作り第二の自然を作ることだから第一の自然に通じてなければ作りえようがない、自然に通じている人は庭作りにも通じる、直感的に通じる。庭園デザイナ-とかの名称ともなるとやはりデザイナ-なのである。これまで自分はパソコンのソフトとデザイン、抽象画を出してきたがそれとも通じているものがある。庭師には体力的には全くなれない、でもソフト的な面で庭作りにかかわることができる。体力的な仕事を自らしないで構想とかデザインのアイディアを出すことができる。ハ-ド的には実現しないこともある。庭作りは一面子供の砂場遊びともにている。砂場の中で川とかそこに橋をかけるとか山を作るとかそういう作業に通じているのが庭作りである。


土作りが大事だというときこれは農業にも通じている。庭作りは自然の応用でありその範囲が広いのだ。自分がこれまでしてきたことは庭作りに応用できるものでもあった。庭をテ-マにした俳句、短歌もかなりの数作ってきたからである。ただ俳句短歌なら言葉にするだけでありこれを具体的に形にするとなると簡単ではない、様々な障害がありそれを乗り越えるのはハ-ドでありハ-ド的な力が必要となる。それは庭師がすることであり簡単にやれない、それにしてもこんなに自分がいろいろ提案してそれが形になるとは思わなかった。第一の自然に通じていれば第二の自然を作る庭を鑑賞できるし作ることもできる。第一の自然を知らなければ第二の自然もつくりえようがないのた。


 

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/30178477
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック