2007年01月09日

飛鳥−冬の日の短歌

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夢ならじ日の本の国の興りしは宮址残り冬の日暮れぬ

雷の丘ありここに轟きて国の興れりその址もがも

代々の天皇(すめろぎ)の陵(はか)史(ふみ)記し
眠り久しも冬の日暮れぬ

真神原刈り田となりて六地蔵都は知らじここに並びぬ

帰化人のここに棲みしと飛鳥の里冬あたたかく蝶のむれ飛ぶ

冬枯れの飛鳥の里や宮の址訪ねし人はみちのくの人

板葺の名ぞ心しむその址に芒の枯れて日の没りしかも

飛鳥川流れの早しそい下りはや冬の日暮れ旅人去りぬ

騒乱を終えて一つの首塚や飛鳥の里に冬日没るかな

飛鳥の里島の大臣(おとど)の住みにしと址の残るや冬の日の暮る 


飛鳥には春と初冬に行った、歴史は事実の集積である。考古学も事実の発見であり歴史の文書と一致して意味をもつ、文書がすべてでないにしても歴史的事実として連なるものとして存在するとき現在でも意味もつものとなる。日本の歴史は天皇と共にはじまった。天皇と共に日本の歴史の共同性が作られてきた。そこに天皇の重みがあったのだ。皇国史観が成り立つのはそのためである。日本が正式に歴史がはじまったのは古事記の神話時代もあるがやはり飛鳥に政治の中心地が置かれた時からだろう。

そこは神話ではない事実として歴史がはじまった故、宮の跡でも事実としての重みをもっている。日本では連綿とつづく歴史はいい悪いにしろ天皇と共にあった。なぜ天皇を神とした戦争があったかというとこうした歴史の連続として必然的にそうなったのだ。日本は歴史国家だからそうなる。他でも中国でも結局マルクス主義を標榜しても中華主義、中国が世界の中心だという歴史観は変えられず歴史に基づいて中国は周辺国をみるから日本は朝貢すべき国だとなる。アメリカは理念的国家だが歴史的国家は歴史の延長上として存在し行動するのである。中国の歴史は始皇帝から始まり日本の歴史は飛鳥からはじまり欧米の歴史はロ−マからはじまるのとにているのだ。

明日香風の意味(文化は地方からしか興らない)
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