2009年06月28日

植木職人、庭師のプロとしての条件

 

植木職人、庭師のプロとしての条件
http://www.asahi-net.or.jp/~if7m-yjm/40prdvu.htm

 
植木職人とか庭師のプロになるのは条件が厳しい、これだけの条件を充たす人はそんなにいないだろう。私の庭をリホ-ムした人はこの条件を充たしている。体が大きいし体力が充実している。暇なし動いていて疲れる様子も見えない、この仕事はヤハな体ではできないハ-ドな仕事である。暑さ寒さの中で一日暇なしで動いている。石を扱ったりすると重労働でもある。基本的に普通の人よりかなり体力がある人でないとなれない、また高い所を怖がる人はできない、鳶職のような運動能力も必要になる。最初の基本的条件からして厳しい。これは体力だけではない、庭師は自然に実地に詳しくならないとできない、木の性質から石の性質から自然の素材を利用するのだから自然を単に知識としてではなく実際に利用するものとして知らねばならない、だから自然を応用する術を身につけねばならない、飯館で御影石がとれて御影石のテ-ブルある所知っていますと言ったら御影石は日に当たると暑くなるからテ-ブル石には向いていないという、それから庭に大きな石を置きたいと言ったら津島石はどうですかという、津島という浪江の津島か、そんな石あるのかとはじめて知った。確かに津島黒石を加工しているペ-ジがあった。津島にも名産になるものがあった。庭師は自然を利用するから地元の産物も利用することになるのだ。
 
庭師はまた注文する人に答えねばならないからコミニケ-ション力が必要になる。普通職人はあまり話をしない、ただ黙々と仕事にうちこむ人が多い、その仕事は注文者の要望に答えるものではなく棟梁が中心になって指揮されてやるから本人は注文者とはあまり関係しない、でも庭師は全部一人で見積もりから施行設計までこなさねばならない、注文者との密なコミニケ-ションが必要になっているのだ。また営業力が必要であるから相手とのコミニケ-ションがないと仕事を拡大できない、私の家に来た人は気さくに話ができる、いろいろと仕事しながらこれはこうだとかこうすればいいとかどういうことができるかいろいろ提案してくれるしそれができるからこんなにいろんなことができるのかと驚く、そもそも庭師はかなり創造的な仕事であることを知った。なぜなら庭は家によって全部違っている。場所も立地もいろんな面でそれぞれ違っている。建て売りのように建てることができないのだ。だからどこでもその家に合わせた庭作りが要求されること自体、創造的なものとなるのだ。だから臨機応変な対処が要求される。だから万能的な人間の力を発揮させるのが庭師である。
 
つまりこれだけのものを会得するのは容易ではない、技術的な側面、ハ-ドな側面とソフトな側面の能力も必要とされる。ソフトな側面とは美観のセンスも必要である。自分には美観のセンスはあってもハ-ドな技術的な面はほとんどわからない、しかし建築の基本はハ-ドな側面である。下地は注目されていないが建築で一番大事なのは下地作りだと書いてあった。ところが下地は見えないしそこが重要だと一般の人は認識できないのである。庭作りがこのように創造的な作業が多いというとき注文する人も大事になる。庭師は創造性発揮させる仕事をしてもらう、そのためには庭師に余裕をもって仕事をさせることも要求される。何回も互いに打ち合わせして納得いくものを作らせる人も作る人も共同することが必要なのだ。小さな庭作りでもそういう関係が要求される。注文する人との共同作業になるのが庭作りなのである。庭師は芸術家だということがわかった。そもそもartが技術を意味していたからまず建築でも技術の上にソフトとの芸術がありえる。
posted by 老鶯 at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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