2009年06月27日

土壁の話

 
壁塗りの専門の人が今日は来た。やはり何でも自分だけではできない、その壁塗りの人は相当年季が入っていた。土壁作りの時代からやっていた。素足で踏んで粘土にするとき刻んだ藁などを入れので痛かったとか言っていた。私の家も土壁だったから古い、でもその時土壁を作る職人はいなくなってしまうときだった。わずかに一人くらい残っていてやっとやってもらった。土壁は地震に強いとか暖房にいいとかいろいろ効能が見直されている。昔からのものが今は逆に見直されている。今の見栄えがいいくても耐久性がないのだ。これは現代の文化にも通じている。建築で大事なのが下地でありここがしっかりしていればそこにさらに上塗りしてもしっかりしたものができる。耐久性あるものとなる。人間もそうである、下地がしっかりしていれば耐久性があり芯がある人間となる。見栄えばかり良くても人間としてできあがらない、戦前の人間は下地がしっかりしているから耐久性があり芯がある。今の人間はあらゆる面で教育でもそうだし下地がしっかり作られていないからもろいのである。上っ面だけがいい人間になってしまう。
 
現代とは昔からあったものの破壊だった。昔からあったものを活かす再創造ならいいが破壊の面も大きかった。それは社会全般にそうだったのであり建築にも影響して社会全体、人間全般に影響するのだ。今それらが見直されるのも時代である。土壁や土蔵などは質実な耐久性のある建築である。長持ちして頑丈である。昔は金持ちは職人に作らせるとき金に余裕があったからゆっくりと仕事に取り組ませたからいいものができたと言っていたが確かにそうである。いいものを作るのには何でも即製にはできない、人間だってそうである。商業主義がおおっていしまった現代では即製的に売り出され簡単に捨てられる。そういうところからいいものはできないのだ。ヨ-ロッパの石作りの大聖堂が何百年も費やして建てていることでもわかる。どんな分野でも短い時間ではいいものはできない、次代に残るものはできないのだ。
 
土壁に秋の夕日や塩の道

貧しきも農家の土蔵に柿なりぬ
 
土壁というと土壁の土蔵がある。阿武隈高原の白髭村辺りに土壁の土蔵が残り塩の道は二本松までつづいていた。
 
dozoutowa11.jpg
 


この写真は白髭ではなき、東和町の馬洗川にそった村だった。そこに隠されたように村があった。いかにもこれは土壁の土蔵である


 

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