2009年06月20日

夏の蝶(樽前山)

 


夏の蝶線路を越えて飛び去りぬ


煙はく樽前山や藪萱草牧場広く鉄道通る
 
線路飛び越えるとなると小さい蝶では感じが出ない、というより単に線路を飛び越える夏の蝶がいたというだけで俳句になるのかという問題がある。これも写生であるからそういう問題が起きる。ただこの句を作ったとき北海道の旅を思い出したのだ。その場所は特に印象に残る場所だった。鉄道が通り樽前山が煙をはき、広い牧場があり牛がいこい、牧舎があり菖蒲もさいていた。そういう北海道的雄大な景色の所は鉄道が通っていたのである。鉄道は躍動感を与えるものである。車はどうしてもそういうふうに感じない、鉄道の旅が長いからどうしても鉄道にひかれるのだ。
 
旅をしてやはり印象に残る場所がある。それはその人にとって印象に残るものでありその他の人はそうでもないかもしれない、名所でなくても印象に残るところはいくらでもある。やはり北海道は十回も行っているから思い出すときがある。でも人間は忘れやすいからもう一度確認の旅をするのが老人にはいいかもしれない、新しい場所を訪れのは向いていないかもしれない、ある場所とは一回行ったくらいでは記憶に残らない場合がある。何回も行けばここはこういう場所だったかと再認識できるからだ。その旅もできなくなっているのが残念である。 それで故郷という狭い地域に閉ざされているものとしては鉄道の線路を越えて夏の蝶が飛んでいった。その時旅したときをイメ-ジして重なると豊かなものとなる。こうした狭い地域だけではあきてしまうのだ。プログきかインタ-ネットのいい点は前に書いたことのつづきをいくらでも短くても書けるからいいのだ。本だと一冊で終わってしまうがインタ-ネットは死ぬまでつづきを書けるのだ。補足したものを書けるから書き続けられるのである。すでに自分のホ-ムペ-ジ、プログは自分の全集、百科事典になっている。「樽前山」と検索したら一発で前に書いたものと写真がでてきて続きを書いたのである。
 
 
tarumaehaiku1.jpg
 
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