2009年06月11日

NHKスペシャル-通商国家の挫折(石油のための戦争だった?)


NHKスペシャル-通商国家の挫折(石油のための戦争だった?)


●明治維新から欧米列強との競争へ
 
日本が明治維新を成功させていなかったら近代化できなかったら中国のように欧米列強に分割支配された。国際的視野から明治維新、日本の近代化は画期的であり欧米列強の植民地になることからまねがれたから高く評価できる。その他は中国の大国からして植民地にされ辛酸をなめた。世界史から見れば明治維新の価値は高い、唯一欧米列強に植民地化されないで独立国として欧米列強に対抗できた。だから国内的に混乱があったとしても武士階級から平民へ国の主導権を移行したことは画期的である。明治維新とは何故なら薩摩の西郷が最後武士階級を維持するために西南戦争を起こしたように最終的に武士階級をなくして平民の国にすることだったからだ。会津が薩摩長州に踏みにじられたということの私怨から明治維新を否定的なものにすることは日本の歴史の評価を間違う、会津という国を滅ぼすことではない、そもそも薩摩長州と会津の対立という封建制の藩の戦国時代ではない、明治維新の目的は武士階級をなくして平民主導の国造り、近代化することだった。それで会津では庶民階級は白虎隊などの悲劇はあったにしろ会津の武士階級がなくなり庶民が自由に商業活動ができるようになりかえって会津の北-喜多方が商業で栄えるようになったのだ。薩摩の藩士も会津に攻め入ったが逆に西南戦争では会津の元藩士が薩摩の抜刀隊と戦い勝利に導いた。明治維新とは武士階級をなくすことを目的としていた。それは薩摩だろうが会津だろうが同じだったのだ。会津だけを狙い撃ちにしたのではなかった。武士階級を維持しようとするものは排除されたのである。
 
●日本は欧米との国力の差が大きすぎた
 
しかしこの欧米列強と伍すために日本は富国強兵に猛烈に邁進した。これは資源もない小国日本は背伸びした。つまり逆に明治維新の成功は日本国民に欧米と対抗できる、伍することができる、強いては中国をはじめとするアジアを日本が支配できるという奢りを生んだのである。アジアに対する同胞意識はなかった。欧米列強と対抗する意識はあったがそれがアジアの植民地を解放したことがあっても日本自体はそういうことは意図していなかったのだ。まず欧米列強と対抗することでありそれにロシアも背後から迫っていたから日本は資源のない国で過大な圧力のもとで孤立していたのである。それで石油を求め南方にインドネシアなどに進出したが石油を確保できなかった。そしてアメリカの石油禁輸が経済制裁でおいつめられ真珠湾攻撃へと日本はおいこまれた。日本は欧米列強と対抗して最後は経済制裁でおいつめられた。


日本の明治維新は画期的なものだったがその後は富国強兵で背伸びして無理があった。日露戦争だってこれも勝ったといっても相当な無理があり日本を実際は疲弊させた。現実戦争に勝ったという戦いでもなかったのだ。明治維新で欧米に対抗できる唯一のアジアの国となったが欧米に対抗できる国力はなかった。背伸びしすぎたのである。最後に神がかりになったのもそのためである。神風が吹くというが蒙古の時は日本人はアジアに攻めていかない、だからこそ神風は吹いた。その時とは事情が違っているから神の助けはなかったのである。日本という国への過信と奢りが悲惨な結果となったのだ。日本は神国だから絶対に勝つ、努力しなくても勝つとなると宗教になる。神の助けがあるときとないときがある。そこにはやはり神の介入がある。ベトナムにアメリカに勝てなかったのはやはり神の介入があった。時代によって戦争の意味は変わっている。戦国時代の戦争と二〇世紀の戦争は余りにも違っているからだ。日本は回りを海に囲まれているから海が自然の障壁となっているから島国誇大幻想が生まれやすい、となりの国と陸つづきでないから肌で隣の国の強大さを認識できないのだ。一つの小宇宙と化していて陸続きの隣の国が仮想的になりリアリティあるものとして認識できない島国の偏見さがあった。

 
●石油のための戦争だった
 
歴史は連続したものとしてある。明治維新から日本は世界史のなかに否応なく参入させられた。そして過大なものを背負わされまた過大なものを望んだ結果、悲惨な歴史を刻んだのである。日本は小国なんだけど何か常に大国になる幻想を生む国なのである。それが神国幻想を生むことにもなる。また中国が弱体化したとき欧米列強と伍して植民地化してゆく競争に加わった。それが満州でありその満州の権益で欧米やロシアと対立して追い詰められていった。戦争というのもアジアの大義だとか義の戦争だったとかではありえない、石油をめぐる貿易戦争だったとか考えるのが現実的である。そうなると石油のための戦争でありそれは石油文明のための戦争ともなる。つまり文明が必然的に戦争に導くということになるのだ。文明こそが戦争の原因だったとなる。石油なくして現代の文明はない、石油が死命を制するとき人は石油のために戦争して死ぬことになる。日本の国を守るためとは言えない、石油文明のための戦争であった。それは日本だけではない、欧米もそうだったのだ。だから靖国神社に戦死者を英霊として祀るのは疑問なのである。石油文明を守るために死んだのであり日本を守るためではない、石油文明がなければそもそも日本もないし他の国もないからだ。石油文明のために世界戦争が起こるのでありそのために戦い死んだものは英霊とかにならない、それは極めて物質的問題である。極論すれば石油があり文明を享受したい、楽な暮らしをしたいために死んだともなる。石油に頼らなければ戦争にはならなかった。人間の命より石油の方が大事なのである。石油の一滴は血の一滴と言っていたように今もそうである。別に石油だけではない車が人間の命より大事だともなる。車なしでは日本人はやっていけない、車が売れないと日本はやっていけない、失業者があふれ日本は食べていけないとかトヨタは日本の命だとかなる。人間より車の方が大事なのである。車文明であり車は人間の命より価値あるのだ。現実に交通事故があっても車なしでは暮らしていけないとなっているからだ。また石油の代わりに原子力になれば原子力が核エネルギ-がなければ文明は終わりだともなるのだ。
 

あとがき
 
石油のための戦争だった、石油のために命を落とした、献げたとかなるとこれに反対する人はいる。つまりこれはあくまでも一つの意見でありこれに反対するものもある。そこでデベ-トすることは有益である。何が問題点か明確になり白黒がはっきりするからだ。植民地解放戦争だったでもいい、どっちが説得力があるかが問題になる。
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