2007年01月02日

寒雀(大正生まれ)

質素なる大正生まれや寒雀

今や正月といっても正月気分がまるでない、でも正月俳句のキ-ワ-ドで相当数きていたから正月に関心はある。ハレの日は変わったのだ。海外旅行に行くとか特別な買い物するとかそれがハレの日なのか?ハレの日は日頃しないこと食えないものを食べることだからそれもなくなったから正月の意味がなくなった。だから正月の俳句も短歌もできない、自分の場合はそうなる。

大正生まれについては書いてきた。大正生まれと昭和生まれではイメ−ジが違ってくる。大正生まれは短いから何か特別な感じになってくる。85才以上であり本当に苦労した人が多いから尊重される。もったない、もったいない・・の世代である。しかし物事に常に二面性、光と影があるんだよ・・・この世代がではすべて称賛されるものかというとそういうことはないのだ。団塊の世代とくらべたとき団塊の世代は戦争も知らないし苦労もそれほどない・・・でも一面遊びにたけているという面がある。趣味も多様だという面もある。大正生まれは働きづめだから趣味や遊びを排斥して人生を楽しむことを知らない人が多い・・・そう強いられたかである。これも人間としてアンバランスなんだよ、つくづく人間には常に二面性があるから過去も歴史も両方からみないとわからないんだよ

日掛けで家賃をとっていて昔の長屋が人と濃密に接する社会だったから人情味あると言っても干渉されすぎて嫌だったという人もいるのだ。プライバシ−がほとんどない世界だったのだ。こういうこと過去や歴史について勘違いすることなのだ。また一方的に過去は貧乏がひどすぎていいことは何もなかったというのも一面的な見方なんだよ、人間はバランスが大事であり一方的にみると物ごとの真相は分からない、これはマスコミの報道にもいえる。
過去とか歴史は勝手な思い込みで作れることが多すぎる、ともかく大正生まれが歴史的記念的世代になっていることは確かである。90才以上が百万人いるが大正生まれだからだ。

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