2009年05月11日

白藤(供養は死者と語ること)

fujiayame1212.jpg
 


ゆったりと陽の沈みゆく大手毬


白藤の下に咲きける紫の菖蒲や静か墓所の前かな

貧しかり父は食えざる刺身なり我が献げて供養するかな

飢饉にて餓死する人あれ碑の古りぬ食べ物献げ供養すべしも

白躑躅庭に咲けども主なし家の淋しも帰らざるかな
 
供養というのは供養する心がないとできない、供養とは何かというと死者と語ることである。父は明治生まれで丁稚奉公したから貧しい、その頃はみんな貧しい、だから最後に癌になり刺身が食いたくても食う食欲ないとなって死んでいった。その頃からモノはあふれ贅沢になってきたのである。今の老人は貧しく育ってもその後は食いたいもの食ったからそういうことはない。十分に食ったからでは何か食いたいか食いなかったものを食べろとはならない、まあ、それぞれ好物はあるから好物を供えることはある。このうよに死者と語りつ供養することである。だからただ供養してくれと金をもらってももし死者と語り合わないなら供養できないのである。お経をあげても供養にならない、供養は金がなくても花をあげるくらいだから誰でもできる、ただ供養する心がないとできないのだ。そして人間は死んだらすべて終わりではない、その後も死者と語ることがつづいているのだ。それがまた歴史の継続となっている。戦没者でも供養することは誰も反対していない、ただ英霊とかすることに反発がある。これもまた戦死者と生者が語ることであり供養することは歴史の継続なのである。
 
例えば飢饉で死んだ人たちは遠い昔だから現実味がないかもしれないがやはり飢饉は食えなくて死んだ人だから貧しくて刺身であれ米であれ食えずに死んだ人たちを思うことにより歴史の継続がある。つまり今だけから物事を考えない、歴史をさかのぼり考える習慣をつけることが歴史を学ぶことなのである。だから人間は死んでもそれで終わらない、何かしら必ず継続があり後の世の人と語りつづける。「俺たちは米も食えなかった、お前たちはありとあらゆるものを食っている、食べ物を余して捨ててもいる、その捨てたものがあれば俺たちは生きられた、雑草まで食ったからな・・・・なんとお前たちは贅沢だ、罰当たりだ、いづれまた飢饉がくるかもしれんぞ、そんなに食べ物を粗末にしていたらな・・・・」こういう声が地下から聞こえてくるのである。飢饉で死んだ人も語り合うことが歴史を学ぶことなのである。
 
近くの老人で二人の女性が同じ病院に入院している。一人は脳梗塞で半身不随、一人は胃ろうになっているからなかなか退院できない、胃ろうになるとだんだん衰弱してくるからもう家には帰れないかもしれない、あそこもすると空家になるのか、今までは注目しなかったが病院であったのであわれだなと思っていたからだ。みんな老人は弱ってくる、これはどうしようもない、自分の家もどうにもならない、嫌でもお手伝いさんが必要なのである。
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