2009年03月05日

小沢氏も悪いが検察には失望した! (政権交代は戦争だ-民主はふんばれ)


 

人間の社会は三権分立だ、民主主義だ、なんだかんだと言ったって公平ではありえない、正義は達成されない、この世から闇は消えることはない、それはすでに歴史でくりかえしてきたことである。今回のことでも検察は最後の正義を示すものだと思っていたが今回は余りにも露骨だった。やはり政権が変わることは一大事なのだ。過去には戦争になったから殺し合いで権力の移行が行われたからこのくらいはありえても当然だとなる。権力を奪われる、権力が変わることは危機的なことなのである。だからこそ小沢氏が新進党を作ったとき公明党は自民に政教分離で攻められた。検察も介入するところでもあった。これでかろうじて自民は自公政権になり権力を維持することができた。その後創価公明はなんとか権力の傘下にあって延命してきた。自民には逆らわないようになった。権力を行使されことが怖くなったのだ。それ以上に創価公明というのはひたすら権力追求を目的とした団体であった。金を集めそ金はマスコミに湯水のようにばらまき批判させないことでは徹底している。あらゆる権力をとりこみ利用して権力の拡大化を図る。権力と金の亡者である。もちろん会員もいろいろあるがやはりそういう欲望をもって入って活動している人も多い、ともかくゴミでも何でもかまわない、あらゆるものを飲み込む怪物でありその目指すものは権力をもち国でも国民でも支配することである。でもまた創価は権力に弱いから権力から攻められるのを怖がり政権政党にくっついて離れないのである。新進党の時、小沢は政権をとったが公明が離脱して政権はつぶれた。
 
今度もまた小沢に権力のためにそれも検察という最後の正義を行う頼みの機関につぶされようとしている。小沢に非があるのはわかっている。でもそれ以上に検察の露骨な小沢潰しのみが目立つのだ。だから検察はこんなものだったのか?自民の犬だったのかと疑うのもわかる。本当に失望したとなる。つまり政権が変わること、政権を奪うことは戦争なのである。それほど大変なことであり日本では自民の政権は二回くらい一時期しか変わっていないことでもわかる。政権が変わることはいい面もあるし悪い面もあるが利権構造とか大きく変えてしまうからその利権構造にのっかっている機関や人は恐れるのである。もちろんここにはアメリカの意向が強く働いたとかもあり、アメリカに逆らうものは許されない、権力を握ることはできないということもある。田中首相のロッキ-ド事件も中国との国交回復がありそれをアメリカが嫌ったためだというのも真実である。権力は正しく行使されることは今までもなかった。検察でも権力を正しく行使できない、不正があるからというが自民も献金を受けているのだし最初から小沢氏をねらいうちにするのは不公平である。今回はやはり小沢氏の非はあってもそのやり方は権力を国の将来を左右する時期なのだから怒るべきではないか?理屈はともかくとして「検察も汚いな、権力の走狗(いぬ)なのか?」と直感的に思ってしまう、不正を正すためで時期は関係ないというがそういう理屈を何度言われても納得できないのだ。なぜこの大事な時期に自公に有利なことをするのか?全く理解できないのだ。
 
小沢が逮捕されても自公には入れない、あまりにも権力を露骨に操作したことが目に見えているからだ。検察も国民の敵にもなりうる、それを理屈ではなく直感的に感じてしまったのだ。選挙もある意味で戦争である。創価ではだから一番選挙が大事であり選挙で極楽に行くか地獄に行くか決まるとなれば必死になる。そのくらいのことしているのだから今度の選挙はみんな投票に行くべきである。そしして投票率が高くなれば創価票は意味なくなる。そして自公政権は終わりともかく政権交代が実現するのだ。政権交代を実現させることはこれほど大変なのだから国民も相当な自覚が必要である。でなければ検察もふくんだ権力側に国民は従うほかない、選挙は権力闘争だから今回は是非国民は投票に行くべきである。もちろん投票は自由だからどっちに入れろとは言えない、それぞさの判断になるが投票には行くべきである。
 
おまえのつかさたちは反逆者、盗人の仲間。みな、わいろを愛し、報酬を追い求める。みなしごのために正しいさばきをせず、やもめの訴えも彼らは取り上げない。

 シオンは公正によって贖われ、その町の悔い改める者は正義によって贖われる。
 (聖書-イザヤ)


公正はこの世で行われることはない、公正、正義はシオンで神が行使するまで世界は暗黒はつづくのである。しかし権力を行使できるものよ、恐れよ、神は見ている、やがて悪はあばかれ報いはくだる、この世ではなくても来世できっちりと帳尻は合わせられる。この世ではまねがれても来世ではまねがれることはできない、それを恐れるべきである。


補足


他のプログを読んでもやはり検察を批判するのが多く擁護するのは少ない、世論は検察を批判している。それは予想されたことである。ではなぜあえてこの時期にやったのか?検察自体おいこまれているからだというのはそういうことかと思った。小沢氏は権力の表、裏に通じていて手強い相手だから検察の方で権力をもっている側で危機感を感じて行動に出てきた。その権力側とはアメリカもありこれは強大でありロッキ-ド事件も田中首相が中国と国交を結ぶときでありアメリカは反対していた。今回も堂々とアメリカに逆らうことを小沢氏は言ってクリントンと会わなかった。つまり小沢が首相になり権力を握ることに規制の権力側が恐怖を感じているのだ。民主党ならなんとか懐柔できるが小沢はできないという恐怖感である。それだけやはり小沢氏は政界や官界のことに通じている。裏も表も知っているから改革されることに恐怖を感じる。検察もその官庁であり権力側についているから小沢を狙い撃ちにした。創価も政教分離で民主が追求したので権力を総動員した。共産党はこんなとき不正は不正として正さなくてはならないとか権力側についたのは馬鹿げているというのも確かである。何かピンとがはずれている。権力側に有利にしているのだからピンとがはずれている。総合的に判断すればこれが国民的コンセンサスだろう。ただ大衆は良く考えないから今回の検察に同調するかもしれないがマスコミはこれまでとは違い小沢をそれほど悪者にしていない、国民からすると素人でもあまりにも見え見えであり露骨であることが理屈をぬきにして感じてしまったからである。

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posted by 老鶯 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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