2006年01月09日

冬ごもり(窯元)

kamamotoku.JPG

窯元に孟宗竹や冬ごもり

浄土ヶ浜巌に雪や朝清し松が枝張りて鴎飛ぶかも

池氷り松風鳴りて風花の舞いつそのあと光る月かな


昨日のつづきで茶碗の句だがこれは私は全国の陶芸の地をほとんど回っている気がする。日本でお土産とかその土地独特のものは陶芸なのである。これは歴史が古く江戸時代からつづいている。相馬焼は藩ご用の窯でありこれも古いから相馬焼の技術を教えに益子などに行っている。益子は民窯であり新しいのだ。この句はこれもずいぶん昔になってしまった。そこで絵つけなどした。手作りの職人とかなると陶芸の世界くらいしか日本に残っていない、陶芸の世界はその土地と結びついて歴史があるから魅力あるのだ。
この句は笠間で作った。ここに陶芸美術館ができたらしい。益子の方が有名になった。

浄土ヶ浜は松や巌や入江は絵ハガキのような景勝の地となっている。これは二回目に冬に訪ねて作った。最近の寒さは尋常じゃないがこの寒さのなかで自然がひきしまり厳しい美を現した。北風に松風が鳴り風花が舞い皓々と月が光り池は凍っている。こうした寒さのなかでいっそう映える美を見たのもこの寒さのためだった。ただ新潟辺りになると雪が美しいという感覚にはならないだろう。雪は邪魔になってしまう。雪害になってしまう、雪との戦いが強いられる。

ここ30年旅しつづけてきた。今になるとこうして旅できたことに30年間平穏無事だったことに感謝する。30年間という歳月は相当な歳月だったからだ。30年間平穏に過ごせたということは今になると本当にありがたいことだと思ったのだ。この間になんらか事故にあう危険性は何度かあったが平穏にすぎたのである。明治維新からは日本は平穏でなかった。戦争の犠牲も全く平穏でない犠牲にされた人生だった。人間には災難はどんな人でもくる。災難つづきなのが人生である。しかしこの30年間平穏だったということは今になると感謝であったのだ。身内に災難が起きてわかったのである。家族に病気人をかかえていればそこに平穏はなくなる。特に最近痴呆とか鬱病とかをかかえている家族が多い。ここにはもう平穏がなくなってしまうのだ。老年になると意外なこととるにたらないことに感謝するようになる。それは単なる平穏無事なことがいかに価値あることだったことかわかったのである。
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