2009年01月09日

現代の労働を象徴していた派遣問題 (長期的展望の上に労働を考えない現代)

 
 
●仙台にも派遣からホ-ムレスの人がいた
 
仙台市青葉区の勾当台公園で7日夜、ホームレスとして確認された元派遣労働者の男性(27)は2008年12月上旬から、路上生活を強いられている。

 市内の印刷会社でシステムエンジニアをしていた。08年11月、携帯電話に派遣の登録抹消の知らせが入り、人員整理された。問い合わせると、「登録者が多すぎる」と言われたという。
 
 http://www.kahoku.co.jp/news/2009/01/20090109t13028.htm(河北新報)
 
印刷関係はやはりインタ-ネットなどで仕事が奪われているのか、出版関係もそうである。この記事は仙台でも派遣問題が身近になっているのかと注目した。名古屋辺りだと自動車関係で大量に派遣がいるから目立つから一般人でも関心を持つ、地方では派遣といってもいまいちピンとこない、でも仙台だと 勾当台公園など仙台に行けばいつも散歩する場所として身近なのだ。もしそこにいれば会ってじかに話を聞けるかもしれない、それで派遣も地方で身近に感じた。長町に3000円で泊まれる長期滞在のホテルがあった。3000円だと安いなと見ていた。
派遣を介護や農業で仕事させると政府でも援助するとか言っているが介護とか農業は労働の質は違う、工場だとラインなら人間も部品のように補充できるようにできている。人間を部品化できるよにシスヒテム化されているのだ。それでモノ扱いするなというのもわかるが仕事時代は部品化されるようになっている。でもこれが介護とか農業になると労働の質があまりにも違っている。私も家で人手がたりなくて手伝ってもらいたいとずっ-と思っていた。でも鍋や食器を買うように台所用品を買うように人を雇えない、農業にしても工場のラインのように部品のように補充できるかとなるとむずかしいだろう。
 
●派遣を介護や農業に簡単に移動できるのか?
 
それに気にかかったのがパソコン関係の仕事していたという人は大衆演芸の役者団体が派遣に食事と寝る場所を提供するということで雇うとテレビで出ていたがその人は58才なのに驚いた。40代から50代の後半まで派遣が多いのに驚いている。20代なら適応力あるから介護でも農業でもやれるかもしれないが40代50代となるとどうなのだろうと疑問に思った。隅田川にテント暮らししている人と話したことがあった。その人も年配であった。その人は今更働きたくないとか言っていたしもう一人の若い人は自転車もっていたり結構優雅な生活をしていたのである。地元だから援助する人がある。何か貴金属関係の仕事もしていた。東京のホ-ムレスはボランティアで食事は用意されているから食うには困らない、今派遣については派遣村とかいろいろ議論されている。賛否両論があり実体はどうなのかわかりにくい、後ろにプロ市民が煽動しているとか批判も多い、前にも書いたが日本では人手不足なのだ。だからといって5万とか10万で働く人はいないから外国から中国人など労働者を入れている。地方でも中国人は必ずいるのだ。
 
労働力が簡単に移動できるのか簡単に介護や農業にシフトできるのか?労働の質が違うからいろいろ問題が起きる。農業は農家は三代やってやっと認められるとかやはり何か労働の質が違うのである。相馬でも飢饉の時、越中とかから移民を募集したけどその時は食い詰めて移住してくるのだから相当な覚悟をも移住してきたのだから働き方も地元の人より働いたから定着して財を成す人もでてきた。覚悟が違っていた。派遣の人はそうした覚悟はない、一時しのぎの職の移転であるし受け入れる方もそうした移民を受け入れるのとは違っている、一時的なものとして見ている。つまり相馬の移民は農民から農民の移民だから違った職業の移転ではなかった。そもそも職を変えることはなかなかできないものがある。若いうちならいいが派遣は意外と40代以降の人が多いことに驚いているのだ。そういう人達が全然違った分野で働けるのかとなると疑問になる。簡単なラインの仕事ならいいが労働の質が違うからだ。また農民社会は異質な社会でありそこに溶け込むのも大変だとなると必ずしも歓迎されていないとなるとさらにいろいろな問題が起きてくる。ただ介護や農業関係などは人手不足だから人手補うチャンスであることは確かなのだ。ずっとこの分野は人手不足だったのである。現代文明は交流する範囲が世界的に広がったのだから常に人手不足であり給料が少ないにしろ人手が余るということはないのだ。だから日本でも一千万人外国人を受け入れるほかないとか政策が切羽詰まってでてきているのである。
 
●長期的展望がない現代の象徴が派遣だった
 
派遣の問題は一時的仕事としてのJOBでありその日稼ぎで一日食べればいいというだけの軽いものにみられてしまう。workだと作品だから一生の仕事として仕事をみている。会社でも派遣にしたことはその人たちは会社にとって一時的に便宜的に雇うでしかない、長期的視野で雇っているわけではない、終身雇用として日本の会社は安定していたがそれが喪失したときグロ-バル化したとき派遣が生まれた。介護、農業分野に移るにしてもそこには長期的なものとしての雇用ではない、継続的ではない、一時しのぎの労働者が派遣という言葉にある。派遣はそうした軽いものに見られていることが不幸なのである。派遣か、適当だ、その場しのぎに働いている人とか仕事に熱心でない、怠け者だとか、だから一旦職を失うと貯金もないのかと怠け者だ、自己責任だとか責められているのだ。そうでない人がいてもそう見られてしまう不幸がある。何でもそうだが仕事も継続性が必要であり農業は一番継続性がある代々受け継がれる職業だから何か派遣というのがそぐわないのである。移民ならわかるが農業に派遣するというのがそぐわないのだ。そんな簡単に農業に移れるのかとなると農業の労働の質の相違からそんなものではない、そもそも現代の仕事は長期的展望をグロ-バル化で失った。工場も中国からベトナムとか移転するし地域的にも変動しやすいから安定しないのである。株の変動などもそうであり変動しやすいから人間が不安定になるのだ。人間はやはり長期的展望の上に仕事も生活も考えないとモノもいいものは作れないし人間すらインスタントの即製人間になり中身のないものとなる。農業などは一番長期停展望の上に成り立つものだからグロ-バル化で一時的に左右される政策は適さなかった。現代文明に欠けているのは長期的展望をもたずその場限りのインスタント的志向が多すぎるのである。その象徴が派遣問題だったのである。
posted by 老鶯 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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