2006年01月06日

万両

manryouu2.JPG

万両に長寿の母や小松かな

新年に銀河を仰ぎ勇みたつ大いなるもの我呼ばんかな


万両、千両、百両というのまである。葉から見て万両だろう。冬に赤い実をつけるからめだいものとされた。この赤い実を見て90になる母が意識がはっきりして耄碌しないという驚きである。今90になっても意識明瞭な人はいて当たり前だがこの長寿の時代は今までにない時代なのである。一方で80以上で5人に一人が痴呆症になっているという。数が多いからそうなるのである。ニ-トも現代的な問題だったがこの超高齢化社会も現代が産み出したものなのだ。この赤い実が90になっても意識が明瞭なことに見えたのである。

母でも自分でも体力的には弱い体質である。自分にしても20代頃かなり無理したので一時的に体力がかなり減退した。20代というと本当は最も体力ある時である。その後30代頃から体力が多少持ち直して現在にいたっている。老化の兆しはあるが精神的には充実してしいる。人間は確かに生まれつきに体力とか能力が影響されるがなんかこういうものも人間は後天的に変わる。どんなに体力あるものでも不摂生したものはだめになる。節制したものは長生きになる。能力も天才は別にしても積み重ねると発展してゆく、開発されてゆくのだ。私が20代に作った俳句とか短歌は余りに幼稚だった。ほとんど五七五とかに言葉を並べたにすぎない、だから誰も認めるものではなかった。そんな幼稚な句をプログとかに今はみんな出している。ではそれが将来どうなるかはわからないのだ。二〇代から五〇代までつづけていればそこで発展しないことはありえないからだ。

人間が積み重ねとか節制とか忍耐が大事だというとき、酒を飲むのは精神を惰弱にするし脳の力を弱めることはまちがいない、自分は酒は飲めるにしても酒は飲んでいない、タバコもやめた。欲を節制しているから体力的気質的に弱くても六〇近くになって健常になっている不思議があるのだ。つまり人間は先天的なものでなく後天的なものによって作られることが多いことは経験から間違いないから凡人でも節制と積み重ね、努力を怠らなければどんな分野でもそれなりのものになるのである。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/252303
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック