2006年12月15日

鹿児島から大阪へ(船の旅)

長々と春の夕日に染まりつつ開聞岳や薩摩を去りぬ

船で鹿児島県を離れた。船のデッキによりつつ春の夕日に染まる開聞岳や離れゆく薩摩半島を見ていた。そこに長い時間があり記憶に留まった。船にはゆっくりとした時間があったのだ。だから船の旅はいいのである。港を離れてゆく時間が旅情を生むのだ。飛行機にはそれが全くないのだ。単なる空間の機械的移動になってしまう。旅が過程にあるというときその過程がまるっきりないのだ。新幹線でも飛行機よりは過程がある。飛行機にはまるっきり過程がないのだ。長々と春の夕日に染まる開聞岳から薩摩半島は心に残る。その長々とした旅の時間が私の心に残っている。早く過ぎ去った旅は心に残らない、一般的には残しにくい、旅の理想は一歩一歩歩くことが理想である。そうできるのは余程の変わり者となってしまった。

洋上に陽の昇りつつ難波へと船は入るかな春の朝ぼらけ


そこから大阪へと船は入って行った。船もほとんど乗った。それで海上交通に興味をもったのである

朝ぼらけはもともとは朝おぼろあけといって、「朝がおぼろに明ける」(そのままやん・笑)ということらしいです。おぼろっていうのは、おぼろ月夜(月がかすんで見える夜)というコトバもあるように、「うっすら」「ぼんやり」という意味。

大和へと船は帰りぬ難波津や海につながる夏の日の朝

中国と日本は韓国もそうだが海の道を通じて古代からつながっていたのだ。海は人と人を結ぶ交通路なのだ。陸地は山があり交通路としては海の方が先にあった。海は遠くまで外国まで結ぶ道なのである。今の大阪は大都会化したけど難波津は大きな湾になっていて八十島があったのだからその美しさは夢のようであった。この景観が失われたことが一番惜しいのだ。景観の喪失は再現できないからだ。ただ想像力で回想するほかなくなっているからだ。
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