2005年12月28日

老松町

老松に北風鳴りて社あり里の静かに今日も暮れぬる

猫の恋老松町も更けにけり  三橋敏雄


曲里(まがり)の老松-長崎街道-ここに俳句あり

http://www.k2.dion.ne.jp/~n_clinic/haiku_fall.htm

老松町は各地にある。曲里の老松は有名らしい。曲里というのも曲田(まがた)とにた発想で名付けられた。田は今のように真四角な田はなく必ず曲がっていたから曲田(まがた)と名付けられた地名が多いのである。老松町で一番有名なのは大阪の中心街の御堂筋にある北天満宮の老松町である。老松神社もあった。ここが古美術店街になっているのもふさわしい。地名もその街作りに影響するのである。地名からイメ-ジされることがかなりあるからだ。

冬の日や古美術街の老松町

これは大阪の繁華なところだからイメ-ジ的にはあっていないが猫の恋は老松町とあることで不思議な感じを出しているのだ。老松町とあることでそこが何かいかにも古い町だと意識してしまうのが人間なのである。長崎街道というとき長崎に向かう道はまた何か他の街道とは違う趣がある。しかしこれも今の旅では街道を旅しないから昔のように長崎に向かうという旅心がわからなくなっている。旅は道を一歩一歩踏みしめて遠くを目指すときイメ-ジがふくらんでくるのである。途中が大事なのである。途中がぬけたら旅ではない、それが現代の旅を貧しくしたのである。私がこうした絶えず過去の旅をイメ-ジ化してなんとか昔の旅を蘇らせようとしているのもそうしないと昔に戻れなくなっているからだ。長崎街道となると東北からでは遠いからほとんどイメ-ジ化すらできないのだ。ただ江戸時代は長崎まで歩いて医学を学ぶために行った人がいたのだ。東北からすると江戸時代は長崎は地の果てのように遠い所だったのだ。



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