2005年12月21日

冬菜


街中の農家の庭や冬菜かな

代々に根づく農家や冬菜かな

今日も行く倉庫の間や冬の雨


さらに地元農民の努力による品種改良が進み、小松菜や練馬大根といった、いわゆる「江戸野菜」も開発されるようになります。区内には小松川、練馬、蓮根、茗荷谷、とか野菜の名のついたのがある。小松菜は地名からとった。江戸は農民の生活と隣接していて商人や武士や職人だけではない農民の町でもあり混在していたのだ。だから墨田川辺りで其角だったか雨乞いの句を奉納した。江戸は四季がふんだんにあった。百万都市でも今の東京からすれば田舎だったのである。江戸でも農民が身近に存在したことで今とは全然違っていたのだ。京都でも炭をもらう大原と山の人にありがたいと感謝していることでもわかるように互いの生活は目に見えて結ばれていた。地球の裏側から食べ物が運ばれてくるのとは全然違っていた。農民は天気のことが切実な問題であり天気を気にする。冷害で不作とかなると全体に影響するから農民の力が大きかった。工業化社会になると天気を気にしない、生活に密着したものとして天気を気にしないのだ。だから野菜も工場で作れば効率的だとなってしまう。江戸時代は職業が違っていてもいろいろなものを共有した時代だから精神的に安定はしていた。過去の理想化、美化は危険でも今から見るとすべて悪いとはいえないのだ。


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