2008年10月23日

秋の夜(病院で死ぬということ)


母一人遺影守りて秋の暮


死者となり今争わず秋の暮

トオスミのかすか弱りて死なんとす秋の日影のさしてあわれも

我が通う病院にまた一人死すいかなる人や秋の夜ふけぬ

病院にともに過ごせし人は今いかにありしや秋の夜思ふ

死んでもいろいろ考えさせられることがあった。嫁と姑との争いは人類始まって以来あるのだろう。そこにはどうしても相容れないものがあり変わらぬ人間のテ−マとなっている。ただ死ねばもう争わない、死ねばただ死者を回想して死者はただ物語としてあるだけになってしまう。死ぬということは究極の解決方法である。
 
ここ約三年は生老病死の老病死ばかりが生活の中心になっていた。それに加えて精神の病気とのつきあいが加わったからこれは明らかに正常な人間の生活感覚を失う面があった。現実介護している人は鬱病になる人が多いのだ。人間の死はどうあるべきかとなるとむずかしい。人間の死までの行程は過剰な医療とかでかえってゆがめられているのかもしれない、何か不自然な延命にのみ重点が置かれている。それが意味あるものとしても不自然であり自然な死ではない、自然なしという時、やはり自然であることあまり人工化機械化されないことなのだろう。象は弱った時象の墓場に向い死を迎えるというのも自然の摂理でそうなっているのだろう。そこで延命治療は行われない、トオスミトンボのように人間もひっそりとこの世からさほど苦しみもなく消えていけるなら幸せかもしれない、人は死ぬ時あまりにも回りに負担をかけすぎるようになった。南田洋子がアルツハイマ−になったとあるが相当重症でありこれから夫が介護するとしたら長いから大変なのである。異常な人と一緒にいつづけると介護する人も異常化してくるのだ。当たり前の普通の感覚がなくなっていく・・・介護も三年くらいならがまんできるだろうが今は五年から十年となると人間の限界になっているのだ。だから文明人の老病死はかえって自然に反してやはりこれも異常化している、一見文明の恩恵にあずかっているのだが不自然であり人間が死を迎えるのにふさわしくないと感じてしまったのだ。
 
今日新聞欄を見たら市立病院で死んだ人がいた。経歴などのっていた。ええ、あそこの病院で死んだのかと関心をもった。なぜならあそこの病院には半年も通ったからである。病院はやはり同病あわれむとかたがいにいたわりあう場所に自然となるのだ。それで病院に二日泊まった時や短歌などもずいぶん書いたのだ。人間は今ほとんど病院で死ぬのだ。病院で死ぬのが当たり前じゃないかというがこれまでは家で死に家で葬式もしていた。死ぬ場所は病院ではなかった。だから今は病院は大事な場所なのである。死ぬのはめずらしくないがあそこの病院で死んだのかと関心をもった。家で死んでいれば全くその人に関心をもたないのである。そして病院で一緒に過ごした人は今はどうしてしいるのかと秋の夜に思った。

 

 「一つ屋に 遊女も寝たり 萩と月 芭蕉」−病院に宿泊した体験からの解釈
http://www.musubu.sblo.jp/article/15630340.html


 

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