ファシオンからファシズムになる危険
【高市首相のファシオンが注目されたことについて】
今回の衆議院選挙で注目されたのが高市首相であった。その着るもの
高市首相のファッションを真似する「サナ活」が広がっている
手に取りやすい価格帯のアイテムが多く、幅広い世代が購入
実用性が高く、寒い屋外での活動にも向いている
ファッション(fashion)の語源は、ラテン語で「作ること」「行為」「なすこと」を意味する「factio(ファクティオ)」です。この言葉が古期フランス語の「faceon(顔つき、形、作り)」を経由して、英語の「fashion」となり、現代の「流行」「流儀」「様式」という意味に変化しました。
高市首相が注目された選挙だった。その着るものまで注目された。女性に特に注目された
何か高市フェーバーは熱狂は何だったのか、民主主義は政策を見るとかめんどうである。するとその時々のファシオン「流行」で判断する。今回のファシオンは高石首相だった。女性でもあり余計にファシオンに注目された。
子の危険性はファシオンがファシズムになることである。その時々のファッションによって人も選ばれ政治の動向をを決める。民主主義はファシズムと全体主義と正反対のものでも大衆民主主義は全体主義にファシズムになりやすい、一般的に大衆は議論することを嫌う、そこには知識が必要であり面倒になる。特に女性は嫌う、女性は感覚的に判断する、だからファシオンを作るのは女性である。政治のファッション化になった。
古期フランス語の「faceon(顔つき、形、作り)」を経由して、英語の「fashion」となり
まさに「faceon(顔つき、形、作り)」をまず見る、だから着る物でも注目する。今回の自民党の勝利は女性を首相にしたことである。中道改革でも女性を党首にすれば結果は違っていた。なぜなら創価の実働部隊は前は婦人部であり女性であったからである。女性に訴えるものを打ち出さないと票が集まらないのである。現代は女性に訴えるものがないと物も売れないし政治でも女性に魅力がないと賛同されない、そのことでも人選が誤ったとなる。
ただファシオンになると一過性で終わる。その時々に流行で常にファシオンは変わる。そこに一貫性がなく継続されない。ただ現代は何でもファッション化する。
常に新奇なものを求め次々に消えてゆく。宗教すらカルトとなりファシオンになる
大衆民主主義はその時々で人の好みも変わる、ファッションも変わる。
だから高市人気も一過性で終わる。そしてなぜあんなに熱狂したのかと冷めると反省する。そういうことは歴史で起きていた。戦争でも国民が熱狂的に支持していたのである
まさにファシズムになっていた。だから大衆が熱狂することは危険もあるし後で反動がある。熱狂から覚めると途端に人気も喪失する。そこに堅実なものが無いからである
いずれにしろ民主主義は様々な弊害も生んだ。戦後の日本の民主主義はアメリカから押し付けられたもので熟成されていない、だからファッション化してファシズムになる危険がある。そして政治家でもどうしたら選挙に勝てるかのかとなるといかに大衆を扇動するかを考える。自民党はその扇動を高市首相にして成功したのである。
ただその反動もあり一過性でその人気も消失することもある。ともかく現代は長期的視野で見れない。短期的ファッションで終わる。長期的に継続的に見れない、実行できない、その時々のファッションで終わる。派手なことばかり注目して地味なことは無視される。でも選挙に勝つにはその時々のファッションになる。そこに民主主義の問題がある。
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