2026年01月27日

民主主義国家からなぜ独裁者が生まれるのか? 【民主主義の行き詰まりー理想になりすぎた】

民主主義国家からなぜ独裁者が生まれるのか?
【民主主義の行き詰まりー理想になりすぎた】


意見が多様であるほど、社会はしばしば分断し、対立が深まります。

経済格差
治安悪化
既存政治への不信
複雑化する社会問題

こうした不満が蓄積すると、人々は「強いリーダー」を求めやすくなります。


民主主義と独裁国家は正反対である。でも民主主義国家から独裁国家が生まれやすい
それは何故なのかとなる。アメリカは民主主義の国家であり模範である
でもトランプ大統領な独裁的な人が出た、人気がある
その理由はアメリカは移民が多く多様な人の集まりである、言葉でも英語だけではない
ヒスパニック系が多く言葉が通じない、肝心な言葉すら通じないからコミニケーションできない。でも民主主義国家では言葉が通じなくても一票を持っているからそれぞれの個々人でも話を不満でも聞かざるえない、それは大変な重荷ににもなる
日本であれ民主主義国家ではそうなる。一人一人の言い分を不満であれ訴えであれ聞かざるをえない、それをいちいち聞いていたらとても処理しきれない

別に学問無い人でも職業に関係なく民主主義国家では自分の主張を言うことはできる
それは悪いことではない、でもその人達の言い分をいちいち聞いていたらとても処理できない、聞く方で嫌になってしまうのである
その人は原発事故の避難区に住んで移り住んだ人だが原発について私が反対意見を言うとそんなこと言うな、みんな補償金をもらって喜んでいるといって食ってかかる
それだけではない、とにかく自分を主張する。だから戦後に育った人達はみんな民主主義国家で育ったからそうなった。戦前だったらそういうことはなかった。
言っていることは支離滅裂でも私にくってかかり自分を主張する
では何を言いたいのかとなると原発のことで補償金であれ批判するなということである
補償金をもらって何が悪い、当然だとなる
つまり人間利益になること金になることになると敏感であり譲れない、そのためにいろいろ言うことになる。それを批判すると烈火のごとく怒る

民主主義国家ではどんな人でも自分を主張する。仕事でもどんな仕事でも自分を主張して自分は価値ある存在だと主張する。その価値を認めるべきだとなる
でもいちいちそれを聞かされる方になると嫌になる。掃除する人であれ何であれ延々とその仕事のことを不満でものべつとなく言われると嫌になる。それが無駄とか価値無いというものでもなく一人一人の言い分を聞くことには限度がある
そして上に立つ人であれまたみんなも勝手に言いたいこと言っていたら終始がつかなくなる。そのためにかえって独裁者が現れやすい、一人一人の言い分を聞いていたらきりがないし何もできなくなる。必ず不満があり反対があり批判がある
すると結局何もできないとなる。だから民主主義国家では独裁者が出やすい
要するにとても一人一人の不満でも主張でも聞いてそれにかなえることは不可能である
誰かに良いことは誰かにとっては悪いことになる。誰かに得することは誰かの損にもなる、みんなが得するということはない、民主主義は自分は利益を得たい得したいとなる
でもみんなが一様に得するようにはなりにくいのである

いずれにしろ民主主義国家が独裁国家になりやすいのは民主主義自体にその原因がある
かといって共産主義がいいのかとなればそうではない、何か余りにも民主主義が理想のようになりすぎたのである。そのために混乱する、アメリカ自体がもはや国として統一されず分裂するとかなる。多様性が悪いものでないとしてもとても国家として統一できなくなっている。民主主義が余りにも理想のように常に語られけどそこに限界があり
その矛盾が噴出している、だから暴動が頻発して独裁が生まれる。
では何がいいのかとなるとわからないとなる。確かなことは余りにも民主主義が理想化されたことである、それは理想に向かう一形態制度に過ぎない、それを自覚すべきだとなる。


posted by 天華 at 11:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/191606597
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック