南国の楽園の詩【ゴーギャンの絵より―文明は人間を不幸にした】
村の女が集う
その肢体はのびやかに
石のようにどっしりと腰を下ろす
あたたかいので着飾ることはない
その着るもの差別はない
ただ豊満な肉体が誇らしい
人々は集まりなごむ
そこに時計はなく時間に追われることはない
車もなく騒音もない
波の音が響き涼しい風が吹きそよぐ
海の幸がすぐ近くにあり
種々の果実は豊かに実り
どうぞ食べてくださいと
神の手からもたらされる
またココナツのミルクを飲む
日々の糧は労せずして与えられる
そこで金に時間に追われることはない
太陽は輝き昇り赤々と海に沈む
その自然のリズムに合わせる
大輪の花があどけなく咲き開き
大きな蝶が紋もも鮮やか舞い休む
村の女が和やかに集い憩いぬ
信頼に充ちてただ共に安らぐ
そこに上下関係はない
家族のような団欒がある
何故か大きな石の貨幣がある
それは使われない貨幣である
金に追われて暮らした人には
その貨幣の意味が価値がわからない
ただの飾り物に過ぎないから
そんな大きな重いものを持ち運ぶことはできない
ここには金持ちも貧乏人もいない
人々は相集い笑いなごみ寄り合う
そこには赤裸々な身体のみが映える
その身体はふくよかに大きく映える
そこに過酷な労働はない
なぜ長いトンネルを作る必要があるのか
山をくりぬきその過重な労働を強いるのか
人間は文明を作ったがそこに安らぎはない
人々はなごみ安らふことはない
日々時間に金に追われ機械に使われて疲弊する
その体は点のようになり存在感がない
背広を着て何か常に窮屈である
そこでは伸び伸びとできない
時計は一分ごとに刻まれ機械の時間に追われる
たえず金を数え数字に追われる
その心は休まることがない
自然の時間ではない機械の時間に追われる
南の国に楽園あり
そこに過酷な労働はない
労苦なく日々の糧は与えられる
神の手からじかに与えられる
文明人は労働を善として休むことを知らない
巨大な山にトンネルを作る
その労働で死ぬ人があっても成し遂げる
それが人間の文明の成果と誇る
でもその労苦の跡は消える
残された巨大建築の礎石の跡
その建築物も消えた
文明は膨大な労働の集積
でもそれを誇るにしても虚しく消えぬ
エデンの園は寒い所にはないだろう、寒ければ頑丈な家が必要であり寒さを防ぐ衣服も必要である。また食料を得るため労働が必要になる。南国のように果実を労苦なく得ることはできない、絶えず働かなければ得られないのである。
人間が作った文明が果たして人間を幸福にしたかどうかはわからない
ゴーギャンがパリとか文明の大都市から逃れてタヒチに来たのもそうである
文明批判という時画家でもそうだが宗教でも文明を否定する。仏教でも中国の老子の思想でもそうである。キリスト教でもそうである
老子は鍬を使うことすら否定した。それによって失うものがあると警告したのである
花は働かず、紡がず、それでもソロモン王の栄華より美しく装われている
人間は営々と働き文明を作り出した。でも野の一輪の花ほどの美もなく殺伐とした大都会を作りそこで人々は和み憩うこともない。みんな疲れている。巨大なビルとか山をくりぬくトンネルとか海底トンネルとか作る必要があるのか、それに費やす労働も資金も膨大でありそれほどの犠牲を払い必要なものなのかと今は思う
山が崩れそれを直すためにまた過重な労働が強いられる。確かなことはそれほどまでに働いても人間を幸福にはしない。むしろ過重な労働で苦しむだけだともなる
人間は自ら苦しみを作り出して不幸にする。文明は人間を幸福にしたとはならない、不幸にもした。だから今は何かを成すより成さないという選択も考える
それが宗教であり哲学でありそういう時代にもなった。文明によりみんなが幸福になったわけではない。むしろ不幸に感じる人が多くなったのである
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