2025年12月11日

大学の大衆化と学びの場の喪失 【戦前と戦後の教育の相違】

大学の大衆化と学びの場の喪失
【戦前と戦後の教育の相違】

●戦前の大学はエリート養成の場


中小や無名校を中心に、今後10年間で少なくとも50校、多ければ100校が淘汰されると思います。有名校も例外ではない。首都圏の上位大学といわれる『MARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)』レベルでも、無策でいればあっという間に危機に瀕するでしょう。安泰なのは早慶(早稲田、慶應)ぐらい。自校の魅力をアピールし、少ない学生を奪い合う『大学戦国時代』に突入するんです」

偏差値50以下の大学を削減すれば、資源が優秀な大学や専門学校に集中し、学生のスキル習得が加速します。例えば、電気工事士や看護師などの職業訓練は、Fラン卒業生の事務職志向よりも需要が高い

大学の役割を「就職のための通過点」から「真の学びの場」へと再定義する

何か大学という呼び名が時代にそぐわなくなった。大学となると戦前は特別のエリートであり将来が約束されていた。そこでバンカラとか自由なふるまいでも大目にみられていた。

高等学校のエッセンスは帝国大学への進学保証制度であった。旧制中学校が入学定員数を順次増加していったのに対し、旧制高校はそれをせず、1学年の定員と帝国大学のそれとは戦前期を通じてほぼ1対1であったため、高等学校の卒業証書さえあれば、専攻を選ばない限り、どこかの帝国大学に無試験で入学できた
戦前の教育制度は今とは相当に違っていた。

高等学校の卒業証書さえあれば、専攻を選ばない限り、どこかの帝国大学に無試験で入学できた。

つまり受験戦争などなく大学に入れたのである。第一高等学校自体が誰でも入れるものではないからそこですでに選別されて大学に無試験で入れた。


大正生まれの私の母は尋常小学校出であり高校自体に入れる人は特別にもなっていた
戦後に教育は大きく変わった。高校に行くのは当たり前であり中卒になると最低に見られる。でも中卒は日本が高度成長時代になり東京などの中小企業の工場に集団就職した
クラスの三分の一くらいが中卒だったのである。

だから地方で大学に入った人は50人クラスで5人くらいであった。それだけまれだったのである。でも私の場合はその5人に入っていた。それでも三流の東京の私立大学に入ったがそこがマンモス大学であり授業でも千人が入る講堂とかでするので勉強する気が無くなった。
なぜそのとき学生運動が起きたのか?マンモス大学で大衆化して大学は戦前とは全く違うものとなっていた。別にエリートでも何でもなくなっていたのである。
新宿で石を投げれば大学生に当たるという時それだけ大学生が増えたのである
その人たちは戦前の大学生とはまるで違ったものになっていた
だからどうしても大学という呼び名が合わない、そぐわないのである
戦前の大学とは同じ大学でも中身がまるで違ったものになっていたからである。

ともかく戦後の教育と戦前の教育は全然違ったものになった。何故ならその内容でも戦前は修身という科目があり道徳教育が一番重んじられていた。それには国家がかかっわり国に奉仕するものとしてそうなっていた。
戦後は国家は常に否定されるものとなり道徳より知識偏重になった。それと利の教育となり勉強するのは金になる得をするためのものとなった。つまり勉強すれば立身出世のためだとなる。国に奉仕するとかではない自己の利益になるからする
何か戦前は大学生でも少ないしエリートだからそれなりの矜持が持てた。戦後はそれが無くなった。大学でもピンからキリまでありFラン大学もありとても大学という感覚にはなれない。つまり誰でも入れる名前だけの大学である
戦前と戦後の大学の差が大きすぎるのである。だから錯覚するから大学と呼び名を変えるべきだとなる。何か大学を知らない人は誤解する。それは大学を特別なエリートと見る。でもFラン大学となれば小学校から中学校の知識もない、それだけ大学の中身が変化したのである

●学問は自主的に問い学ぶ場

そして高校と大学の差が大きすぎる。大学は自主的に勉強する場であるが高校までそいうことをしていないから何か大学は遊びの場にモラトリアムの場になった
授業に出ないこと自慢して下宿で一日麻雀に明け暮れているとかそれは高校とあまりに違っているから何なのだろうと戸惑う、理系は別にしても文系は勉強をしなくてもいいのである。そもそも学問とは学び問うことであり、何か問うことがありそれで学び教えられる。その場が大学だとなる。その問いがなければ何を勉強していいかもわからない、そもそも向学心があれば自ずと人は勉強して自ら学ぶ、その向学心に答えるのが大学であり先生だとなる。もし向学心が無ければいくら優秀な先生がいても効果は期待できないのである。

何か私の場合変なのは常に疑問に思っていたのはなぜ人間は死ぬのだろうということであった。その解決を求めていた。それは宗教の問題になる。私には求道心があった
そのためにカルト教団に入りそこで会員から指導されていたのも奇妙である
大学では指導する先生がいなかった。でも学問とは問うことから始まる
そしてその解答は用意されている。でもその答えは別に学校で大学で得られるとはならないのである。確かなことはそうした問がありそこから学問があり得る。その問いが真剣であればあるほど自ら勉強するのである。

いづれにしろ教育でももはや大学でも時代によって変わらざるを得ない。そしてインターネットとかで自主的に学ぶ場が増大した。もう学校という枠にとらわれることが無くなった。ただ道徳教育とかは対人的とかコムニュテイとかがあり身に着く。侍はそうした場で生活の中で武士道を体得した。
現代の問題はそうした場の喪失である。確かに知識を得る場は多様化してもモラルは知識からだけでは身に着かない。それで貴族に問題があるにしても

●大衆化して失われたエリート(地の塩)

ノブレス・オブリージュ(仏: noblesse oblige フランス語: [nɔblɛs ɔbliʒ])とは「高い地位には義務が伴う」というフランス語[1]。「nobless」は「高貴さ」、「oblige」は「(義務を)強制する」という意味である

義務がありそれはただ特権階級となり贅沢することではない、それは日本の侍にもあった。それが大衆社会になった時世界的に失われた、すべてが大衆化することは何か高貴なものを目指す人がいなくなったのである。問題があるにしても地の塩の役割があった
何でも平等という社会はもそれは全体が劣化する。それで高貴なものが喪失してあらゆるものが大衆化して学ぶ場が喪失した。大学でもそうである。そこはもはや学ぶ場ではないしエリート養成の場ではない大衆化したのである。
何か現代は平等を目指すが高貴なものは否定される。どんな優れた人がいてもお前と俺は同じだと水平化される。つまり指導するにも指導できない。指導される必要はないとなるからである。
それで逆に大衆を指導するのはヒットラーでありカルト教団の教祖になる
またマスコミとかNHKが指導するものとなる、NHKは権威がありNHKが言っているという時納得するからである。

いづれにしろ現代の大衆化社会では教育は不可能である。そういう場もないし俺とお前は同じだ、偉そうなこと言うなとなる。俺を指導するのは俺様だとなる
つまりこうして大衆に席巻されたのが現代なのである。大学の大衆化でもそうである
そこは名ばかりであり中味がないのである。それで大学は公園だったとかレジャーランドだったとなる。現実とても何かを学ぶとかではない学生自体が相当に劣化しているからである。






posted by 天華 at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育、心理学など
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