戦術があっても戦略がない日本
【山が多い日本は局所的戦争になり、大局的見方ができない】
【世界から見た中国情勢の深刻化】※日本では報道されない新たな視点※ 武田邦彦×伊藤貫
ギリシャ語のstratos(軍隊)とagein(指揮)が組み合わさったstratogos(将軍)が語源である。18世紀に研究者が戦争術(art of war)を分析するための概念として再定義されたものであり、そこで初めて戦略と戦術に分けることが提案された。
名詞の「ジェネラル」は「将軍」の意味です。「将軍」は軍を指揮する大将のことで、日本では「征夷大将軍」の略称としても使われます。形容詞では、「一般的な」「総体的な」という意味になります。
軍事では、戦略は全体的な勝利を目指す長期計画や方向性を、戦術は具体的な戦闘や小規模作戦での方法や手段を意味します。これが現代のビジネスにおいても応用されています。
戦術とは、戦略によって定められた目標を具体的に実現するための手段や行動です。どのようなメッセージで訴求するか、商品の価格設定はどうするかなど、戦略を実現するための具体的な行動計画が戦術に含まれます
戦略は「地図」:目的地(勝利)までの大きな道筋。
戦術は「運転操作」:その地図に従って、現場でどう動くか。
戦略と戦術の違いの歴史的背景
戦略=長期的な目標達成のための計画(資源確保、外交、同盟)。
大局的戦争: 地図全体を覆うような大きな円や広がった網の目で表現できます。これは、複数の大陸や国家が関与し(例:第二次世界大戦)、政治・経済・文化など広範な領域に影響が及ぶ様子を示しています。
局所的戦争: 特定の地域や地点を示す小さな点や限定された領域で表現できます。これは、特定の地域に限定され(例:朝鮮戦争、ベトナム戦争)、全面戦争への拡大の危険をはらみつつも、一応は地域的に限定されている状態を表しています。
戦術=戦場での具体的な兵力運用や陣形、奇襲など。 日本は「戦略より戦術に偏りがち」と指摘され、長期的視点の不足が歴史的敗北につながったと考えられています。
これに対し、海軍は「極東での英領攻略は対米戦につながる」という考え、すなわち
「英米不可分」という立場にあり、これは海軍の伝統的な英米観でもあった。したがっ
て、この立場の意味するところは、先の企画院の国力検討において対英戦に限定しても戦争遂行の国力にかなりの限界があるということから、ましてアメリカとの戦争をも含む米英同時の対南方戦など成り立たないということであった
戦略: 長期的な方向性(例:敵国の経済封鎖、覇権の確立)。
戦術: 戦略を実現するための短期的な手段(例:包囲、突破、補給線活用)。
歴史的教訓: 戦術的勝利があっても、戦略が誤れば最終的に敗北する。逆に戦略が優れていても、戦術が伴わなければ成果は出ない。
日本人は戦術には優れていても戦略では劣る。戦略は空間軸と時間軸で想定する
中国とか大陸国家では空間軸でもその範囲が広い、時間軸でも長く見れる
日本は島国であり空間軸でも狭く閉ざされていて時間軸でも短く長い時間を未来を見て戦略する計画するのが苦手になる。
大陸国家では大帝国を形成した歴史がある。日本ではそれが狭い島国に閉ざされている。その島国でも山が多く平地が少なく戦略的思考ができない。大陸だったら戦争でも戦略的思考になる。
それは日本では戦争という時地理や地勢が影響されて戦略的思考ができない
どうしても大局的に見れない局所的になる。戦国時代でも日本の戦争は関ヶ原の東西の戦いくらいしか大きな戦争がない、局所的な戦いになる。
平家物語によれば、義経は馬2頭を落として、1頭は足を挫いて倒れるが、もう1頭は無事に駆け下った。義経は「心して下れば馬を損なうことはない。皆の者、駆け下りよ」と言うや先陣となって駆け下った。坂東武者たちもこれに続いて駆け下る。二町(218メートル)ほど駆け下ると、屏風が立ったような険しい岩場となっており、さすがの坂東武者も怖気づくが、三浦氏の一族佐原義連が「三浦では常日頃、ここよりも険しい所を駆け落ちているわ」と言うや、真っ先に駆け下った。義経らもこれに続く。大力の畠山重忠は馬を損ねてはならじと馬を背負って岩場を駆け下った
この鵯越えの戦いも山に遮られてその山を味方にして急襲して勝った。これは信長の桶狭間の勝利ともにている。つまり山を味方にして勝ったとなる。
山が障害ともなるがまた味方にもなる。確かなことは日本では山が多く局所的な戦いになる。大局的戦いになりにくい。局所的戦術を駆使した戦いになる。
戦略的戦いにならないのである。とにかく日本は大局的な見方、グランドストジテイを持てない国である。中国とその領土も広大であり大帝国も歴史的に形成しているから空間軸時間軸思考の幅がかなり違っている。日本は局所的戦い戦術は優れていても大局的に時間軸でも長期的に見ることが苦手である。
外交の巧拙は,交渉を指導し,これに従事する者のかけひきの術に依存するのみならず,彼らの,彼我の相対的力量を冷静に測定し,交渉をめぐる国際・国内環境を現実的に把握し,大局を見すえて緻密に駒を進める能力に依存する。 〈グランド・ストラテジーgrand‐strategy〉をもって,外交を進めることも成功の要諦であろう
日本の太平洋戦争の失敗はグランド・ストラテジーをもたなかった。最初に戦術があり真珠湾でもシンガポール攻撃でも戦術的には成功したが戦略的には巨大なアメリカを敵にしたことで戦略的には失敗だった。何か無計画な戦略なき戦線の拡張だった
そして広大な中国大陸に飲み込まれたともなる。そこに戦略が欠落していたのである
長安に今の西安まで日本軍が侵攻していたことに驚く。それも戦略なき戦いになり自滅したのである
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