2025年12月06日

冬深むの俳句【冬椿、冬薔薇、冬深む・・・】

冬深むの俳句【冬椿、冬薔薇、冬深む・・・】

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これは外国になったけど煉瓦の家である、石の家もあるだろう。


十数本根付き冬深む
姉と母我見守るや冬深む
冬深む古木一本に石の倉
石一つここに変わらず冬深む
冬深む桜井古墳に眠る人
冬椿垣根に咲くや街の裏
原町に新しき店冬椿
冬薔薇一輪咲くや籠る家


冬深むというとき一月頃かとなる。でも今年は晩秋がなく冬になった。11月も冬であった。すると冬が11月から2月までになるのか長くなる。だから冬深むというのが12月でも不自然ではない。紅葉でも冬紅葉になった。
姉と母とは60年とか一緒に暮らしたから忘れられない。人間は親しくなるというとき愛し合うという時時間がかかる。誰と一緒に暮らすにしろ一人の生きる時間は限られている。だから老人になって気づく。一緒に過ごす時間が貴重だったと誰と過ごすかも大事でも誰であれ限られた時間をともにする。
それで熟年離婚は損である。なぜならまた新しい人と共に過ごす時間がもうなくなってしまうからである。
人間は金のことは四六時中考えるが意外と共に過ごす時間のことは考えないのである
まず親子でも共に過ごすことが無ければ親子にも兄弟姉妹にもならない。
そして長く一緒に暮らした人は死んでも忘れられない、やはりいるように思えるのである。

ともかく冬深むというときなにか老人に似合う。しんみりとしていいいのである
やはり季節を感じるのは田舎である。冬は過去を回想するとか深く思考するのに向いている。
石の倉は石だから何か冬に向いている。石と木では感覚的に違う。石は重みがある
重厚になる。そこに古木が一本立ち農家がある。そこに存在感がある
冬椿もいい、まだ寒椿にはならない、でも寒いのである
冬には冬の美がある、簡潔な美がある

「簡潔」とは、無駄がなく分かりやすいことを指している言葉です。
「簡」には「省く」「減らす」、「潔」には「いさぎよい」「余計なものがない」という意味があり、熟語が持っている余計なものがなくすっきりとまとまっているさまを示しています。

「簡潔」であるためには、単に短いだけでなく明瞭さが必須です。無駄なものを削ぎ落し必要なものだけを残すのですが、削り過ぎて意味が分からなくなっては本末転倒となります。

女性でも何かそういうふうに見える。冬は無駄なものを削ぎ落し必要なものだけを残す
冬にはかえって花の美でも空気も澄んで映える。冬は何か彫刻的にもなる。無駄なものをそぎ落としてシンプルになる。冬も自転車で走ると気持ちいいい。でも風が吹くと苦しくなる。桜井古墳に眠る人は二人なのである。その二人が誰なのかとなる

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