何故歴史の国の中国に老舗がないのか?
【王朝が変わり歴史が断絶して継続しない―古典は廃れないもの】
中国は変化が激しい、大陸は陸続きだから他国の影響をまともに受ける、異民族が侵略してくる、そのために万里の長城を作った。漢民族が中核に存在しても周りの異民族の影響をもろに受ける、否が応でも受ける、だから王朝でも長続きがしない
王朝が変わるとこれまであったものが否定される、破壊もされる、劇的に変わる
そこに3000年の歴史があっても継続することがむずかしい、それで日本のような老舗とかない、歴史があるのにない、継続されないのである
日本の天皇が継続されているが中国の王朝は交代すれば前にあったものが否定される
権力を持っていたものも追放される、トップが変われば下々も変わる
強力なトップダウンの国である、それで文化大革命では文化財まで破壊された
貴重な歴史の宝物も失った。だから歴史の国でも継続するものがない
そのために日本のような老舗が中国にはない、継続されない、ヨーロッパだとローマ帝国であれ継続されるものがある。中国には歴史の国でも継続されるものがない
ヨーロッパではキリスト教があり継続されるものがある、一貫したものがあり継続されたものがある。
日本ではかえって古いものが保存され継続される。それが老舗だとなる
ドラマでも老舗の旅館を守るために必死になり犠牲があっても守り継続されることを第一にする。天皇でも一つの老舗にもなる。そこに継続して守るべきものがある
そのために多少の犠牲があってもいいとなる。天皇家も老舗でありそこに守り伝えるべきものがありそこに価値がある。だからいかに継承されるかが大事になる
そのために苦闘するのは老舗を守るために苦闘するのと似ている
つまり新しいものでも古いものを基にしている、全く新しいものはない
ルネサンスでもギリシャとかローマの再生のことでもあった。全く新しいものを作ることではなかった。常に人間は新しいものを求めるが古いものを見直す再生させることが
創造なのである。そこに継続されるものがあり古いものが装いを新たにして蘇るのである。
ルネサンス(英: The Renaissance)は、15世紀および16世紀にわたる歴史上の時期であり、ヨーロッパにおける文化運動(英語版)である。中世から近代性(英語版)への移行を画し、古典古代の思想と成果を復興し、これを凌駕しようとする志向を特徴とした。芸術、建築、政治、文学、探検、科学など、ほとんどあらゆる分野における大きな社会的変化を伴い、当初はフィレンツェ共和国を中心として、その後イタリア各地へ、さらにヨーロッパ全域へと広がった。
これは一部分のことではなく全般的総体的に起きた運動だった。そこにギリシャ、ローマが装いを新たにして再生したのである。確かなことは新しいことは古いものを見直す継続することでもある。全く新しいものはないのである。何か創造するのにも過去にあったものを基にしている。古典を参考にしている。温故知新がそうである。古典は時間が過ぎても廃れない価値がある。価値と言っても全く新しい価値を作れないのである。
ともかく老舗は建築があり料理なら味が伝えられる、ラーメンでも汁が肝心でありそれは秘伝として代々伝えられる。それは独自の味であり真似できないから価値あるとなる
その老舗も京都とか城下町とか街全体の中にある時活きるとなる
スーパーでは活かされないともなる。確かなことは価値は簡単に作り出せない、価値は継続されて活きてくる。現代が浅薄な文化になっているのは過去の歴史的な継続が喪失したからだともなる。
中国が歴史があっても継続されないから文化的には魅力がないとなる
政治的に権力の圧政でそうなる。中国は巨大な権力の圧政になりルネサンスとか生まれにくい、広大な国を統一する治めるためにエネルギーが奪われるともなる
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