2025年11月25日

冬の暮の京都の茶室 冬の暮の俳句ー京都の茶室

冬の暮の俳句ー京都の茶室

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京菓子に抹茶を飲むや冬の暮
代々に技を受け継ぐ冬の京
京都なれ老舗の暖簾冬の暮
客の去り茶室に一人冬の暮
京に住み交わる人や冬の暮
石一つ位置を変えずに冬の暮
茶室にそ交わり深く冬の暮

二上山姉弟や冬の暮(奈良)




京都は冬もいいだろう。やはり四季がありその変化を味わうのが日本である。ただ今年は何か秋でも晩秋とか秋深むが感じられず冬になった
今の京都は行きたくない、人を見に行くことにもなる
風情がなくなる。茶道はわび、さび、・・・とかの日本の風土から生まれた。そうなると枯野とか冬がいいとなる
でも京都でも枯野とかはない、何か京都は自然でも文化にした庭にした人工的空間を演出した場である。だから日本の文化を凝縮した所となる。
ただ京都をニ三回行ってもわからない、景色を見るより人間の作った文化を見るとなるとわかりにくいのである
京都はそこに住んでみないとわからないとなる

不思議なのは京菓子という時古いが全国になぜお菓子屋だけはスーパーがあっても残っている
小さな町でも必ずあり何か独特のものを売っている、大量生産されるものとは違ってその店独自のものを作る
生産するのが違っている、だから大量生産されるものではないから独自のものとして売れる
一様化した商品とは違うのである。それはまさに文化だとなる。日本の菓子は確かに文化である
中国にはない文化である。それでお土産にいいとなる
老舗となると京都とか古い城下町に似合う、ただ文化という時なかなかわかりにくい。料理も明らかに文化である
郷土料理がそうである。それは別に贅沢なものではなくその土地でとれるものを工夫して作り出したものである
でもそれを味わうとなると高くつく、でもそれはその土地の文化を知ることになる


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