名取まで秋の俳句
みちのくの駅々になりぬ柿にあれ
みちのくははや刈田かな我が老いぬ
蔵王に向きひまわり咲くや朝開けぬ
コスモスや新住宅地や電車に見ゆ
病院に岩の三つや秋の暮れ
秋の山名取に望み帰り来る
秋の灯や待つ人なしも我が家かな
夜の駅人々帰る虫の声
空地にそ残月あわれ隣かな
久しぶりに電車に乗って気持ちよかった
いろいろあって遠出できなかった、すでに田んぼはか刈田になっていた
季節の移りが早いと見た、曇って蔵王がはっきり見えなかったがひまわりの咲いている畑が見えた
ひまわりは真夏ではなく初秋に咲くようだ
この辺では蔵王がやはり山として高いし大きい
だから常に蔵王を望む、南相馬市からも鹿島区までは蔵王は明らかに見えるから親しい山になる
この辺では高い山がないのがものたりないからである
みちのくというときやはりアイデンティティの場である
それでみちのくに似合うものがある。駅々に柿が成るのもみちのく的光景にもなる
名取でも秋の山を望み見た。それも間違って仙台空港方面の電車に乗り次の駅で見たのである
あれは間違いやすい常磐線も乗り場に頻繁に入ってくるからだ
ともかく名取まで一時間だからそれほど遠くない、仙台市はさらに30分はかかる
帰りは秋の灯がともり何か待つひともなくなったが我が家に帰る
まず病気に成ると心細くなる。でも別に私は脳出血になっても手がちょっとしびれただけであり歩くのは普通なのである
だからまだ電車の旅はできる。だから女医さんが軽くて済んで良かったねと言われた
それは本当である。癌があってもそれが今は何の影響もしていない。
普通に生活できる、それで救われている。
残月は秋の季語だった、隣一帯が家が無くなり空地化した、そこに残月が出る
それも不思議である。
そこの家とはもめたことがある
でもその人は死んだ
今は何も無い
朝に残月が出ている
人は死んで何を残すのか
そこに良い思い出が残るのか
大人になるとそれがない
嫌な人が消えてせいせいしたとかなる
でも嫌な人はこの世から消えることはない
飛び鳥跡を濁さずとはならない
何かその後に怨念でも残す
今はただ幽かに虫が鳴き
そこに誰が住んでいたかもわからなくなる
束の間人は未練がましくあるが消えるだけ
だからこそいいとなる
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