気の療法も効果的
なぜ病院がいい場所ではないのか―何でも気の影響を人間は受ける
病院がなぜいい場所ではないのかとなると当然病人が歩まる場所だから
である。病人から発する気が満ちている場だからである
また老人ホームなどでも老人ばかりいるのだから何か陰気になる
いろいろな場がありそこに発する気がある
歓楽街とかなると色気が発して欲望が刺激される場であり何かそうした気が必ず影響する
つまり人間は常に何らかの場の雰囲気の影響を受ける
一方で自然からでも気の影響を受ける、山でも山の気を出しているし海でも海の気を出している
この辺だと飯館村は山の気を受ける場所でありなにかそこに立つと気が変わるのである
場所によって気が変わる。だから場所の効用があり癒される
病院がいい場所ではないのは癒しが欠けている
そこに優れた機械が装備されて優秀な医者がいても何か欠けている
それはそこに癒しがない。確かに病気は診るのだがそれは体も診るのであり
心と体は一体だからその心が無視されるから問題なのである
だから不思議なのは病院から家に帰った時安らぐ。それは家と病院は違う
家とはもともと家族の住む場所でありそれ自体が癒しの場だった
だから家で死にたいという時そこが家族の生活する癒しの場だったからである
無機質な病院とは違うからである
いずれにしろ気の影響は大きい、あらゆるものが何らかの気を発している
それは人間でも物でも自然でもそうである
何か性格の悪い人と接すると悪い気を受ける、悪い人が集まるところには悪い気が満ちる
そういう場に行くと必ず知らずに気の影響を受ける
カルト教団などでもそこは宗教なのだからいい人が集まる場所と思うが前年違っている
あらゆる欲望を満たそうとする人たちが集まる場であり異様な雰囲気になる
だからそこでも悪い気を受けるから危険なのである
この世ではどうしても悪い気を受けやすいのである。大都会自体人が密集して悪い気が満ちる
気とは人間の念でもありその念の影響を受ける
自然の気は人間にいい影響をもたらす、だから山で修行することは山の気に触れることであり理にかなっていたのである
だから大都会から生まれたカルト教団は異様なものとなった
ともかく人間は常にこうした気の影響を受けている
人間個々人も何らかの気を発している。だから悪い気を発する人と接するとその気の影響を受けるから危険なのである
病気という時これも気であり病の気を発するとなる
人間であれ自然であれ何らかの気を発している、それが意外と見逃されている
だから知らず知らずどこでも人でも気の影響を受けるから注意する必要がある、悪い気が受ける場でも人でも近ずくことは危険である
だから気の療法がありそれも非科学的なことではなく効果的だとなる。
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