病気になってもそれぞれ「人間の幸せ」を奪うべきではない
「がんの根絶」ではなく、「人間の幸せ」こそが、これからも医療が追い求めるべき壮大な夢です。
「人間の幸せ」とは何なのか?それはそれぞれ違っている
私自身が病気になって一番がっかりしたことは自転車に乗るなと言われたことである
それは私の幸せを奪われたことである
でも自転車に乗れないことはない、それは老人が危険だから車に乗るなというのとも似ている
でも車に乗れないことは行動範囲が狭くなり幸せを奪うことになるから問題なのである
老人だから病人だからとあらゆることを制限して奪うことは返って生きる気力も奪うことになる
確かに病気が治らなければ何もできないとなるができることはありさせるべきだともなる
「がんの根絶」ではなく病気の根絶ではなく病気になっても「人間の幸せ」を追求する
その人の幸せ生きがいになるものを奪うことは問題である
そうなると死んだ方がいいともなる
人間が求めているのはそれぞれの幸せである。病気になってもそれはありえる
病気を治すことが先決でもそのためにその人の幸せを奪ことは医療ですべきではない
いずれにしろ病気は直すことはできない、なぜなら人間いつか死ぬからである
それはいくら医学が発達しても止めることはできない。その前に医療はあくまでも補助的役割になる
「がんの根絶」ではなく、「人間の幸せ」こそが、これからも医療が追い求めるべき
病気の根絶はできない、それより「人間の幸せ」を追求すべきだとなる
その幸せは各自違っている。それを大事にすべきだとなる
【福祉医療-老人問題(家族、親戚、墓のこと)の最新記事】