老人の新しいファミリーが求められる時代
老後に一人になり、病気がちになってきたら、老人ホームには行かずにこのように暮らしてみてください | 介護の心配や子供の目を気にせず、
柳田国男に言わせるとファミリーはそれ自身労働組織であり親子という言い方ももともと血縁関係を意味するよりは労働の組織であったオヤコのコは家の子、ミヤツコ(造)などのコであり労働者を意味していた
ファミリーとは今の家族とは全然違っている、第一家族という言葉は明治になったできた言葉である
それは狭い血縁関係である。ともかく家族は人間の生活の基である。
だから聖書でも家族の歴史から始まっている。一家族が拡大して民族となり国家となったのである。
ただ家族の形態は時代によって変わる。
確かなことは家族は最近できた言葉でありそれが前からあったと錯覚する
なぜ今それを問題にするのかとなると時代が変わり家族の概念も変わり新しいファミリーを必要となったからである
特に高齢化社会になった時老人が狭い家族では面倒見切れないとなり、行き場を失う
それで老人の新しいファミリーが必要となる
その一つがこの老人が共同生活する施設になるがここは老人ホームとも違っている
自主的に老人が助け合い生活する場である。要するに新しいファミリーだとなる
でもこれまで共に生活しないのだから知らない人だから互いに相手を知ること自体難しい問題はある
たとえば遠野のデンデンラノとかで最後に村の老人が集まり暮らしたという時そこではすでに親密な関係があり共同しやすかった。
それが全然知らない人と共同生活するのは難しい面がある
それでも新しいファミリーが求められてる。それが模索される時代だとなる
会社でも一種のファミリーにもなる。でも退職すれば関係なくなる
するとやはり新しいファミリーを求めるようになる
とにかく高齢化社会に適合したものが求められる。その一つとしてこの高齢者用の共同住宅が生まれたとなる
これはこれまでの老人ホームとは違っている。新しい思想で作られている
だからそこで各自が自主的に暮らせる。金もあまりかからないのである
そもそも個人的にヘルパーを頼んで金がかかりすぎてここを選んだからである。
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