2025年09月23日

南相馬市の詩−福祉の支援に助けられて・・・・


南相馬市の詩−福祉の支援に助けられて・・・・

南相馬市の詩

南相馬市に生きる歳月よ
苦しくも悲しくも
ここに生き死になむ命
福祉奉仕の人よそは我が助けなり
共に手を取り合い結び合う
今我が一人家族の無しも
そは我が支えなり
我ははここに安らかに眠らむ

一つ一つの墓標は何語るあわれ
美しき過去は蘇り
新しき未来は築かれむ
若竹は真直ぐに素直に伸び
清らかに流れる水よ
美しき花々に飾られぬ

石一つここに動かず夢を見る
木は強く根を張り
大地の育む豊かな黄金の実りよ
虹はかかり神の約束の日は成らむ

かなた海は広く波は打ち寄せ轟き
鳥は広き砂浜に群れて飛び来る
そしていずこかへ飛び去り消えぬ

ああ 自由なる鳥よ
憧れは強く海の彼方へと飛び去りぬ
かくて新しき世界は啓け見む
そこにまだ見ぬ花を見てまた飛び去りぬ
ああ 旅の日々よ、蘇るかな
ただ帰るべき故郷ありて旅もあれ

南相馬市は我が故郷なり
ここも理想の地にはあらじも
その暗黒よ、しかあれ
我が家族もここに眠りぬ
我はここにいつくしまれ育ちぬ
その家族の面影はここに宿りぬ
かの時は至福の時なりしを・・・


今回は全体の体の衰弱から軽い脳梗塞のようになったのかも知れない
暑さでも栄養を取らないからそれも影響した
一人はこういう時本当に苦しい、それで福祉の支援を知り現実に助けられた時うれしかった
別に故郷がいいとはならない、そこに暗黒があることを書いた
でもここで生まれ育ち生きてきたことそれも人生だった

何か死ぬとも思ったからである。それでも支援があることで多少安心した
助けてくれるんだと安心した。これは一人だからと感じたのである

ともかくなぜこれほど災難が続くのか、津波原発事故それほど私には影響なかった
でも親の介護自分の病気は辛かった。それは十年以上続いたから苦しかった
入院も自分自身二回もしたからである。
人間は苦しい時助け合う時連帯が生まれる、その時歌が詩も生まれる
南相馬市に生きた。それもかけがえのないことかもしれない
ただ故郷嫌い旅してきたのも自分の人生だった
だから故郷が特別いいとも思えない、でもここに長く生きたのだから思いが生まれる
それは誰であれ人生でそうした思いが生まれる
そこで共に生きたという思いが生まれる故郷でなくても長く生きれば誰しもそうなる
それが何であれ人生となるからである。
























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