学歴を死んでみる人はいない
【文系の学歴は価値がないー価値はそれぞれ生涯で作るもの】
学歴を話題にするけどそもそも学歴がその人の価値になるのか?
確かに大企業とかで選別するとき学歴を見て振り分ける
だからそこで大学で選別するからそれで価値あると見る
でも大学入試でも一回限りでありそんなことでその人の価値が決まるわけではない
受験テクニックにたけた人が受かることもある
そもそも学歴を言うけど人間が死んだときこの人は東大出た人とかで価値が決められない、何々大学出た人ですよとかで価値を見ないのである
その人の価値が何なのか多様なのである。その人の価値は一生かけて作られたものである。例えば大工でも庭師にもなり壁塗りもできてとかいろいろなことをできる人は価値あるとなる。それは仕事できるということで価値がある
いくら一流大学でも会社に入り仕事できなければ価値がなくなる。つまり社会での価値がなくなる、学歴だけでは価値は作れないのである
ただ理系とかは試験で判断されることがある程度できるから評価される
それで戦争中学徒出陣があり戦争に行かされたのは文系であり理系は行かされなかったのである。その頃からすでに理系の価値は大きかったのである
理系と文系の価値はそれだけ違っていた、文系は戦場であえなく死んだともなる
実際大学の価値を見るとき理系と文系は格段の相違がある
だから大学と言ってもその人が理系なのか文系なのかで判断することは正しいとなる。その差が非常に大きいからである
そもそも人間の価値は何なのかとなる。それはとても学歴など見れない、余りにも多様である。芸術家だとその人の作品で見るからわかりやすいのである
その人の学歴は関係ない、別に美術大学を出ていなくてもその作品で判断される
その価値を作り出しているのは絵を描き創造できることである
学歴など何の意味もない別に中卒でも同じである
ただ大学出て教養を身に着けるということはある。それも文系の場合自力でできる
今ならインターネットでいくらでも独学自習ができる、だから文系の大学は実際相当価値がなくなっている
何か学歴コンプレックスに陥っている人が多い、大工さんであれ優秀だからそれは実用となり金を稼げるのだから文系大学出より価値があると見る
でもその人は何か大学が何かわからないから劣等感をもつ、何か大学が特別なものと見ているのである。文系大学は職人より価値がないと見る
私自身何も勉強していないからである、私が勉強始めたのは大学出てからだったからである。プログに書いていることでもそれは大学出て旅をして地名に興味を持ったことから始まりそれを発表しているとなる
大学で何か興味をもって勉強していないのである
ともかく理系は別にして学歴コンプレックスをもつのはおかしい
それは大学という場が何なのかわからないためにイメージできないためにそうなる
本当にこれだけ大学が多くなり文系となると基本的なもの数学でも英語でもできていないとなる。ただ大学という名前だけで中身はカラッポなのである。
だから文系に関して劣等感を持つのはおかしいとなる。
ただ大工さんでもルートとの計算で苦労したという時大工でも斜線を計算するのに必要だったとなる。その人は学校では勉強はできなくて劣等感をもっていた
でもその他は別として大工としては優秀だっとなり価値があり誇れる人だったのである
年代があがると大学が特別なものと見る傾向がある。でも5割が大学に行く時代はもう特別ではないのである、それはすでに戦後の団塊の世代からそうなっていたのである。それは余りにも数が多くて大衆化してエリートでも何でもなくなっていた
だから文系なら手に職をつけて稼げる方がましだとなる
文系は教養だから独学できるからである
ともかく大学名学歴こだわるのはおかしい、その人の価値はそれで決まらないからである。死んだとき大学名を記すことはない、その人の人生の価値は大学を出てから培ったものになる。
何かその人は中卒でも学が無くても社会のことがわかっている
コミニケション能力が高いのである。するとそれで学歴など関係なく価値があり
もし営業とかすれば成績をあげて裕福になっていたかもしれない、コミニケション能力は生来のものがありただその能力が活かされなかったというだけなのである
この世の中こうしてその人なりの能力が活かされないことが多すぎるのである
そこで膨大な人が能力を発揮せず埋もれて死んでいるのである
その能力を見抜いてその人に合った職に就かせればそうはならなかったとなる
人間にはこういうことが余りにもありすぎるのである
人間のの能力は多様でありそれが活かされないのである
ともかく学歴ではその人の価値は決まらない、この人は・・・大学出ましたとか
死んでそれで価値あるとはならない、その一生で培ったものが価値を作り出す
その価値も多様なのである。確かなことは学歴がその人の価値になることはない
文系なら受験テクニックが優れていて一流大学に入ったとかあり決められない
やはり社会に出れば本当にその人の実力がないと評価されない
だから有名大学出ても没落する人はいくらでもいるとなる
確かなことはその人の価値は一生で培い作るものであり学歴では作れない
だから採用する場合職歴の方が大事になる、どういう経験をしたかが大事になる
学歴ではないのである。学校は知識だけであるが社会に出るとその知識を試験の点数をとるためではなく現実の場で試されるからである
むしろ農家であれば米でも野菜でも果物でもいいものを作る人が評価される
それが学歴とは関係ない、そこで培ったものが価値を決める、むしろ親から実地に学ぶことのほうがいいとなる
大学は増えすぎた、でもそこで学ばないしむしろ実業を学ぶ、仕事に直結することを学ぶ、それで理系は価値がある。文系は実業と結びつかないのである
教養ならば今はインターネットあり独学自習できる時代である
だからマンモス大学で学ぶより効果的だとなる。つまり学校そのものを見直す時代になったとなる。
いずれにしろ人間の価値は学歴では決められない、一生かかってそれぞれが培い作り上げるのである。誰も死んだら学歴など見ないからである
ただその価値が多様だから価値を見ることはむずかしいのである
そしてその価値が見いだされず埋もれる人が膨大なのである
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