なぜ老人はみんな後悔するの?−海外旅行も体力がなくなりできない
「こんなはずでは…」楽しみにしていた年金生活に募る後悔
「こんなはずでは…」楽しみにしていた年金生活に募る後悔
71歳の誕生日を迎えてすぐのことでした。長年の夢だった、夫婦でのヨーロッパ周遊旅行を計画しようとパンフレットを広げた時のことでした。
「妻が『長時間のフライトは、今の私には少しきついかもしれないわ』と、申し訳なさそうに言うんです。そういえば、妻もここ数年でめっきり疲れやすくなりました。私自身も、数年前から患っていた膝の痛みが悪化していて、若い頃のようにスタスタと歩くことはできません」
現役時代は、趣味の登山で日本中の山々を制覇してきた鈴木さん。増えた年金で、海外のトレッキングコースに挑戦することも楽しみの1つでした。しかし、今の体力では日帰りのハイキングさえ億劫に感じてしまうといいます。
退職したら何?何しようとかそれがうまくいかないのはなぜなのか。 一番大きな問題は体力がなくなることや 病気になることである。それで予定が狂ってしまうのである 金を貯めて退職したら自由になるから外国旅行でも色々やってみようと計画しても体力がなくなり、できなくなる。
私自身は職にも就かないつかずに充分な自由な時間だけはあった。
だから、日本全国を旅して 地理に興味を持ったのである。だから、日本ならほとんど行っているのである。ただ、失敗したのは外国旅行に行くことが遅かったことである。
50歳からでは遅すぎたのである。
私は日本全国を旅したとしても常に金に困り安いホテルを探していたのである。
私は親から小遣いをもらって暮らしていたから旅行となると金が使えなかった。
ただ、充分な時間はありそれで自由な旅をしていたのである。
でも、外国旅行になると円高の時でも金がかかると思い行かなかったのである。
そこに偏見があり失敗したとなる。人間というのは偏見を必ずもつ。その住んでいる場所とか人間関係に影響されるのである。 私は引きこもりであり、付き合う人もなくそうなったのである。
そして、親が死んで分かったことは親はかなりの金を残していたことである。
それだけの金があれば充分に外国旅行はできた? それで、東南アジアを旅するのに。
50万ものお金を持っていたのである。 それだけ金がかかると思っていたのである。
その半分でも20万でも充分だったのである。 でも、私自身は彼をもっていない。 親からもらうだけだったのである。 となれば。 どうしても。 海外旅行は高くつくものだと見ていたから、していなかったのである。 もう一つは海外旅行一人は行けない と見ていたのである。これも偏見だったのである。 人間は必ず何かしら偏見を持つようになる。どうしてもその住んでいる環境とか人間関係に影響されるからである。
旅行する時実は金がなくても旅行できた。 例えば自転車旅行でもテント積んで野宿すればホテル代はかからないのである。 ただ、必要なのは体力なのである。
自転車旅行でも体力が必要であり、海外旅行でもまた体力が必要である。
いくら金があっても海外旅行することは? かなりきつい。 だから長時間のフライトにも耐えられないとなってしまう。退職して自由時間と金はあっても体力が無くてできなくなる。それも誤算なのである。
人間は結局老人になって、みんな後悔しているのである。退職して自由時間と金があるから全国を自由に旅して、海外旅行もしようそう思っても、今度は。 体力がなくなっているのである。
また。 60以降になると、親の介護にもなる。 私自身、60になり親の介護で四苦八苦して。 近くすら旅もできなくなった。 それは十数年、そうなったのである。 そして 体力がないから、海外旅行でも登山もできなくなったのである。
だから人間は将来何かしようとかして計画しても、それが実行できない。
若い時は金がないが体力はある
老人は自由な時間と金があっても体力がない
つまり人間は二つを兼ね備えることができない、その内時間切れとなり人生は終わる
その時々に年齢で成すべきことをしないと結局できなくなる
たちまち時間は過ぎてしまうからである。
結局
今は金もある自由時間も十分にある
でも旅する体力がない
病気になり何もできなくなった
何かこうなりやすいのである。例えば十億の金を持っていても寝たきりになり何もできなくなったともなる。その時金は何の役にも立たないのである
成すべきことをその時々にしなければあとでできると思ってもできなくなる。
それだけ人生は短いのである。だから将来に老後にやれると計画してもできなくなる
だから金が無くても旅できる時にするべきだとなる。別に自転車旅行でもバイクでも車でもできるからである。旅で一番金がかかるのはホテル代だからである
それを浮かせれば別に金が無くてもできる。海外旅行は日本旅行より安くついたのも意外だった、円高でもヨーロッパでも安いホテルが多いのである
老人でもユースホステルに千くらいで泊っているのである
スイスとなると高いがそれでもバクパッカー向けの安いホテルがある。一人部屋でなくてもある。日本だとユースホステルとか安い宿が少なすぎるのである
要するに海外旅行は円高であれば日本より安くできたのである
私自身がレストランとかには入らなかった。そこは入りずらいからである
外国のホテルでも高い所は高いのである、でも安いホテルはあるから旅しやすいと思った、日本では最低でも5000円であり今になるとその倍になっている
だからその時旅していない人は損だった。だからフリーターとか貧乏な若者でもヨーロッパを旅していたのである
人間はその時々の情勢があり円高であれば海外旅行のチャンスであった
でもこれだけ円安になると海外旅行は贅沢になる、だから時代によりできることとできないことがある。でも人生は短いから先が長いからできると思うのである
それが誤算になる。退職してからやりたいことをやろうとしてもできなくなることがある、その割合は大きい、病気や体力の減退や親の介護とかなりできなくなる
だから私は金が無くてもその時自由時間はありあまるほどあり旅して良かったとなる
ともかく金がない自由時間がないとかで海外旅行でもしなければできなくなることがある。人間に与えられた時間は限られている
やりたいことはその時々にしないと後でできなくなる。若い時は無理ができる
老人になったら無理はできないのである。それが誤算なのである
結局老人は誰でも後悔している、こんなはずではなかったと後悔している
金を貯めても病気になり親の介護とかで海外旅行であれきついことはできなくなる
それで宝の持ち腐れともなる。
若い時は金が無くても体力があり時間があればそれを活かしてやれるべきことやる
つまり金がなくてももしかしたらその時借金してでもやるべきことをやる。それがもう老人になったらできないからである。自由な時間がないとしたら作りやりたいことはやるべきだともなる、ともかく時間は限られている、体力も限られている
それが無くならないうちやるべきことはやる。そうしなければ遂に何もできないとなり終わる。ただどうしても人生は後悔で終わる。それだけ人生は短いし健康で体力ある時も短い、青春などあっというまに過ぎる。40才で白髪がでてそれから急速に老人に向かているのである
タグ:時間の貴重さ 老人の後悔 人生の誤算 老人は無理ができない 海外旅行もしにくい老人 老後の誤算 老後の計画の失敗 金があっても体力がない老人 時間があっても金がない若者 老人になる前にやるきこと
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