夏にかつての磯部村を回る―海の寄り物−寄木神社【蝉の声、夏草、夏の雲、木槿、うろこ雲、・・】
これは変わった石である。これは相当価値があるのではないか?
何か河原で石を探して売るという人がいた。これは金になるかもしれない
というのはこれが花台になる。確かに海からの寄り物がありそれが吉兆だとした
これはその一つかもしれない
ミンミンや坂いくつか越え行かむ
蝉の声波の響きや社古る
夏草や松川浦の夕暮れぬ
海岸線白波寄せて打ち響く彼方に行かむ夏の雲湧く
朝静か白き木槿に雨しとと暑さの引きて秋に入るらむ
夏の日に波の音ひびき磯部村消えてなしかも残す碑あわれ
磯部村散りじりに去り今はなしここに生きにし人の語らむ
うろこ雲夕べ広がり秋めくや風の涼しく走り来たりぬ
寄木神社の由来 合祀稲荷神社 寄木神社
平氏没落後志摩国磯部に身を隠した落武者辰之丞一行は間もなく陸奥国石巻に下り寺島氏
を称して世を忍ぶ辰之丞を船頭として漁師となつたが 海面を混濁する北上川の氾濫に度々漁撈を妨げられ 遂に適地を求めて宇多郡大竹荘磯部の里に移つたと伝えられる
磯部村の寄木神社の謎(津波の伝説を調べる)
寄木神社は全国にある。海に囲まれた日本だから海に寄るものがありそれが吉兆として祭られたというのは理解できる。
それにしても
平氏没落後志摩国磯部に身を隠した落武者辰之丞一行は間もなく陸奥国石巻に下り寺島氏
を称して世を忍ぶ辰之丞を船頭として漁師となつたが
これも不思議な縁起である。平氏没落後志摩国磯部が地名の基になっている
地名は伝播する、それにしても磯部村では250人死んだから一番被害が大きかった
でも今はソーラーパネルになり何かかつての村を偲ぶものがない、するとここに村があったのかとなってしまう。それだけ津波は恐ろしいものである。
コイムンは、災いだけをもたらしたのでは必ずしもない。流木は薪木や建築資
材 としてたいへん貴重な生活財となった。さらに流木や石サンゴを漂着仏として大切にされ、恒常的に浜に打ち上げられる海藻は農家にとってたいへん重要な肥料となった5)。浜で集めた海藻をあらかじめ積んでおき、雨にさらして塩抜きをする。そして塩分の抜けた海藻はジャガイモ、サツマイモ、人参などの畑の畝に肥料として使われた
漂着物 とエコ・コモンズ
寄木信仰は海に囲まれた日本だから生まれた。海藻が肥料にしたというのもいかに農業に肥料が欠かせないかわかる。イワシは肥料として使われたことがあった
それで相馬から船で松前まで行きそのイワシを買い積んで帰った来たのである
ともかくお盆にもなり暑いけど秋めいて来た、うろこ雲も出たからである
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