2025年07月30日

地球温暖化が地震を起き安くしているーカムチャッカ地震の津波に思う 【人間は忘れやすく常時危機感を持てないー東南海地震が早まる】

地球温暖化が地震を起き安くしているーカムチャッカ地震の津波に思う
【人間は忘れやすく常時危機感を持てないー東南海地震が早まる】

●川から津波は遡る、川の水が引き海の水が引く異変があった

川を見に行ったけど変化はなかった。2011年の津波では川の水が引き海の水が引くとか異変があった
最初に川を津波が押し上って来た。それで騒いでいた。近くの真野川の水位がかなりあがり直ぐ近くの土手を越えたから
そこから数メートルしか離れていないから恐怖だった。
とにかく津波のことなど想像もできなかった。今なら2011年の東日本大震災の記憶があるから避難する

津波の来る速度が新幹線なみに早いから海岸に近ずくなと何回もテレビで言ったけど私が聞いたのでは津波が見えてから逃げて助かった人が結構いる。その人はかなり海が近かった。でも津波が来るのを見て裏山に逃げて九死に一生を得た
またトラック運転手の人は三キロくらい海から離れていても津波が来るのを見てトラックで逃げて助かった
だから津波は確かに早く押し寄せるからすぐに逃げろとなるが津波が来るのを見て助かる人が結構いたのである

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全校児童一〇八人のうち六八人が一瞬にして命を落とし、六人が行方不明になった市立大川小学校の悲劇は、教育現場を襲った災害として歴史に深く刻みこまれることになった

〈なぜ大川小学校だけが大惨事となったのか〉津波で全校児童の七割が犠牲に

津波はまず川からさかのぼってくる、それでここで津波が来たという時川が増水して遡っていると騒いでいた
それが何なのかわからなかった。だから大川小学校がその川の側にあり普通なら高いところに逃げる、高いところに逃げてくださいと今回も何度も警告していた。だから津波のことがわからずにそうなった。ただ石巻というとき三陸に近いから明治時代に津波で一万人くらい死んだとなるとそれを知っているはずだから川には近づかない、それより川の水が引いて川から津波は押し寄せてくる。だからすぐ近くの堤防に逃げて大被害となった。もし津波を想定して事前に訓練していたらそんなことにはならなかった。津波は川をさかのぼり川から水があふれるからである。

だから津波でも見えることが意外と大事になる。見えないと危機感を感じないのである。病気でも症状が現れないと関心がもてない、すると重症化することいもなる。ともかく津波が来て津波に追われて必死に逃げる映像は恐怖だった
ただそうはいっても津波が見えてから逃げると間に合わない、助からないとかはある
何か津波警報を出しても余り危機感をもたないことがある。それは目に見えるものとして現れないからだともなる
川の洪水だと川が増水することが目に見えるから危機感を感じる。海はそれがわからないのである
でも今回でも明らかに沖に津波の波が見えたから危機を感じた

●400年目の津波被害が全く忘れられていた相馬地域

ともかく東日本大震災から13年過ぎたとして回想したのが昨日だった。何かそれもまた関係しているのか
別に自分の住んでいる所には来ていいないから避難することはないからいい、またここでは海に接している村は消滅して住んでいない、だから津波でも安心だとなる。まず海に接して住んでいたということは本当に危険だったけど津波に対する危機感がなかった。ただこの辺では実際400年前に生波(津波)で溺死700人という記録があった。ただそれも相馬藩世紀で二行だけしかなく学者すら知らなかったのである
だからここでは津波は来ないとなって逃げないで死んだ人がいる、それも老人は逃げずに死んだのである
だから老人の記憶でも400年前となれば誰もわからない、伝えられなかったのである
それで天災は忘れたころにやってくるとなる。400年前のことなど誰もわからなくなる

でもその時相馬氏がこの地域を支配することでその戦いのことが詳細に記録されていたのである。庶民が津波で700人死ぬことより侍が戦いで勝った活躍したことは論功行賞として相馬藩世紀に記録されていたのである。
それは時代の影響があるにしてもその重大なことが語られないことにより津波に危機感をもたずまた大被害になったのである。
三陸では明治時代に一万人が死んだというときまだ記憶がある。それで女川の原発は当初の計画より15メートルとか高くして作って辛うじて助かったのである。それもぎりぎりだったのである

人間は危機感を感じないと行動しない、それは戦争でも太平洋戦争でも80年前として今でも百歳の人がその戦いを経験したことを語る。でも300百万人死んだとしてもそれが忘れられ戦争が何なのかもわからなくなり戦争などないとなり危機感をもたないのである。つまり人間は何でも常時危機感をもって生活はできない、それで忘れるのである
何か昨日は海岸の津波で村が消滅しと所で休んで災いの無きことを祈った。その次の日に津波が来るというのも何なのだろうとなる。その海岸には津波の被害にあった地元の人が海を見に来ていたのである

●地球温暖化が地球に全体に影響している

海面水位上昇により浮力と地下のマントル圧が年々増大しているため陸地が不安定化し,震動し
やすくなっているのである.今後も温暖化が進み海面水位が上昇すると,平成時代を超える大地震や大
津波の被害が多発化すると考察される

地球温暖化による巨大地震発生メカニズムの解明とサツマ芋メタンの大量生産による化石燃料代替市場の創出

気候変動が地震を引き起こすのは、温暖化によって氷河が融解すると、氷河の下にあった陸地が隆起するからです。その原理は、プールで遊ぶ子どもがビート板を水面下に押し込んでから離すのに似ています。ビート板は上から押さえつけられている間は水中にとどまりますが、その圧力から解放されると水面に向かって急浮上します

気候変動で「地震」も激化すると専門家が警鐘、一体なぜ気候変動で地震の発生率が増加するのか?

東日本大震災の前の年が異常に暑かったことを明確に記憶している。地球温暖化は海の水位があがりそれが圧力となり影響する
つまり地球温暖化は地球全体に影響する、一部ではない、だから地震が起こり安くなる
北海道が40度とか海水温度も上がった、熱帯化する。すぐに影響しないとしても海の変化がありそれが地震の原因にもなる

今回はカムチャッカでありそれで津波が来るまで時間がかかる、それでも9時ころ地震があって約二時間後には来る
それほど時間の余裕はない、津波警報が解消するには一日かかるという、チリ地震津波でも一日後に津波が日本を襲った
津浪とかは地震よりは逃げる時間がある、それでも急なことでとっさに何も持たずに逃げることは厳しいとなる
それで東日本大震災の津波で身一つ逃げて助かったという女性がいた、それも恐ろしい経験でありその衝撃は大きかった
つまり身一つで逃げなければ助からなかったのである。何をもって逃げるとか考える時間もなかったとなる
何も持てずに逃げて命だけは助かったとなる。

気候変動が地球全体に影響して地震でも起こり安くなる、だから地球温暖化は世界的問題である。東日本大震災があったが
相馬地域では400年間も津波の被害がなかった。でもこれからは地球温暖化でその頻度が多くなる
つまり400年間も大きな津波が来なかったという時代は寒い時期だったのである。江戸時代でも寒い時期だった
だから普通は大きな津波は来ない、三陸は別として来るとしてもその周期は長かったのである
でも温暖化でその周期は短縮されたとなる。

だから東南海地震の時期は早まる!

30年内が20年以内10年以内になるから注意!

やがりこの温暖化はそれだけ地球に影響しているのである











posted by 天華 at 14:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 津波、災難の対処
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