ゴッホ,ゴーギャン、セザンヌの画風
ゴーギャンは赤に青のコントラストになる。赤は情熱であり青は冷静でクールとなる
三者三様の画風がありそれが顔に現れているのが不思議なのである
糸杉は燃え上がり
黄色は狂気の色や
憑かれたように描きつづけ
灼熱の太陽はゴッホに燃える
夕暮れの空に星々はきらめきあう
その空色の涼しく心に残る
人々は去りしもカフェに
真夏の熱気は街中の路地に残る
ゴーギャンはタヒチに逃れ
赤裸々な島の女性を描く
その豊満な体は飾らぬ自然のままに
熟した果実のように
赤は情熱、青は冷静な水の理性
その顔に赤の情熱と冷静の青
天才の容貌の不思議
ゴッホとゴーギャンの相いれざる
セザンヌの立体的巌のごとき顔
構築された堅実なる建築の美
サントビクトール山の厳しく聳えぬ
三者三様の個性の画風は成りぬ
巌に刻まれた顔
岩の表面に、ひとつの顔が刻まれる
時を越えて、変わらぬ岩に
冷たく硬いその姿は
ただ静かに立ち、永遠を見つめる
人の顔、その目には力が宿り
その額には誇りの跡が刻まれている
岩は語らぬ、だがその顔は語る
その口を閉ざして真実を.
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絵画という時その人なりの画風を確立した時それは歴史に残る。ゴッホは黄色に象徴される。その色は狂気に通じていた
夜の路地裏のカフェの空の色は美しい。
ゴーギャンの色も不思議である。何か赤と青が基調にある。赤は情熱であり青は冷静な理性でありそれは水に通じている
流れる涼しい川でもある。この取り合わせも不思議である。その顔もまた何かその色に象徴されたものなのか
狂気的黄色に象徴されるゴッホとは違っている。何か冷静に見ているとなる
自然を円筒形と球形と円錐形によって扱いなさい。
自然は平面よりも深さにおいて存在します。
そのため赤と黄で示される光の震動の中に空気を感じさせる青系統を入れる必要性があるのです。
ポール・セザンヌの名言
セザンヌの顔も何か円筒なのか立体的に見える。キュービズムがここから始まった
赤と黄で示される光の震動の中に空気を感じさせる青系統を入れる必要性がある
青は冷静であり理性的である。空気とは空の色でもある青がふさわしいとなる。だから色が示すのも不思議である。絵画の基本は色にある。立体的構築もあるが色の多様性で精神を示すとなる。三者三様の表現があり美があり個性がありそれで世界を豊かにする 岩に刻まれた顔というときセザンヌがふさわしいとなる。それはゴッホとかゴーギャンと違い堅実なのである
その人生も破天荒ではないからである。
それは日本の俳句だと芭蕉があり蕪村があり一茶があるようにそれぞれの個性が対照的に際立つのである
芭蕉は音に敏感であり哲学的瞑想的にもなる。蕪村は絵画的でありそこから正岡子規の写生俳句の見本となったのである
天才はそれぞれの個性が強烈でありそれが対照的に見て心を豊かにする
絵にしてもその人なりの画風を確立した画家はやはり一流の画家だとなる。
ともかく芸術は干渉すること自体がむずかしいのである。
【セザンヌ@】
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