2025年07月27日

なぜ起業して失敗する人が多いのか 【ピーターの法則があてはまる、人間は一分野で優秀でも別な分野では優秀になれない】

なぜ起業して失敗する人が多いのか
【ピーターの法則があてはまる、人間は一分野で優秀でも別な分野では優秀になれない】


日本では、起業家を守るセーフティネットがほとんど存在していない。起業は、場合によっては死に追いやられるほどのリスクを伴うことなのだ。

 もし、起業家を死の淵から救いだす処方があるとするなら、その一つは、当の起業家自身が、自分たち擦り寄り、起業を促す人々が、結局は何の責任も負ってはくれないということをあらかじめ知っておく必要があるということだ。


帝国データバンクの調査によれば、5年後の企業の生存率は81.7%です。10年後には約70%、20年後には約50%まで低下します。つまり、企業から20年経過している企業でも、その半数は失敗し、市場からの撤退を余儀なくされる状態です。



ピーターの法則は優秀な人間は必然的に昇進してゆくが無能化する。近くでも優秀な技術者でも起業して失敗した
その理由は技術者と経営者は別なものだからである。何か機械が好きで異常に機械にのめりこむ人がいる
でもその人が会社を経営するとなると向いていないとなる。
だから意外と会社経営者は文系なのである。機械だけにのめりこむだけでは経営はできない、その社会とかニーヅとか
機械だけを相手にするのではなく人間を相手にする。相手が機械とか物でなくなる

理系の科学者が機械とか物を相手にしていると頭脳が心が冷たくなるという時相手が機械であり物質だからそうなる
機械や物質に愛情をそそぐことができないから頭が冷たくなるとなる
でも階層化社会では一分野であれ階層の下であれ上に上がって行く、でも昇進するとただ機械だけではなく部下を指導するまとめるとかなり別な能力が必要になる
確かなことは一分野で優秀でも別な分野になれば優秀になれない、そんな万能の能力を持つ人などいないのである

何か親戚で私の母の実家では父親が警察署長であり機織り工場を経営したが失敗した。警察署長だったから成功すると思い始めた。でも警察署長で威張っているだけとは違うから失敗した。母は父親は威張るだけの人だったと言っていたのである。
まず技術者で優秀だから経営者になるというのはそれはそれなりに通じるものがある
でも警察署長から機織工場を経営するとなるとまるで違ったものになる。
一つの分野で優秀でも別な分野では優秀になれないのである。

だから何か一分野で自分は優秀だと自惚れるとき危険になる。それは様々な分野があり一つのことに優秀でもあらゆることに通じる優秀になれる人はいないからである。だから一つの分野で優秀だから他でも優秀になれるとはならないのである
だから人間は自惚れるとき危険になる。一分野で優秀だから他でも優秀になると思うのである。そこに落とし穴がある

不思議なのは起業して成功するのは20人に一人とか極めて確率が低い、それでも起業する人が多いのである
そして借金になり自殺する人も出てくる、それは推理ドラマの定番となる
確率からすれば事業を起こすことは簡単にできない、リスクが大きすぎる。でも事業を起こして失敗する人は後を断たないのである。成功した社長になりたいとなる。

起業直後、素晴らしいアイディアを思いつくと、商品やサービスを売り出したい気持ちで、広告費をかけすぎてしまうケースが典型例。資金力を考えずに事業に乗り出せば、起業は失敗してしまいます。また、起業当初から完璧を目指しすぎて大きな原価をかけると、利益は少なくなるのは当然です。

人事労務や総務など、会社の維持に不可欠な間接部門も、会社の規模が大きくなる将来には必要となるものの、起業当初から多くの費用をかけるべきではありません。

起業の失敗例と、原因ごとの対策を解説

地方の一個人が全国展開する事業を始めたのは本当に無謀だった。でも誰も止める者もいなかったのである。
人間の危険は常に自惚れることなのである。自惚れるときすでに危険なものになっている
国家レベルでも自惚れるとき危険になる。日露戦争で日本が勝ったということで自惚れ太平洋戦争でもアメリカに勝つということにもなった。つまり国家レベルでも自惚れてそれが最悪の結果になったともなる
戦争は国家的事業でありそれに失敗して300万人が死ぬという犠牲を払ったのである。だからなぜそんな無謀なことを始めたのかとなる。

まず、事業規模が身の丈に合わないことが理由として挙げられます

身の丈に合わないことを日本は望み中国全土に満州からモンゴルからヤンマーと戦線を拡大しすぎたのである
身の丈に合うとしたら韓国とか台湾くらいでやめればいいとなっていた。
要するに人間は身の丈に合わないことでも敢えてする。夜郎自大国でも漢が鉄の武器を持ち自国は銅の武器だったから負けた
これはアメリカと戦争した日本とも似ている。日本はその時アメリカの大きさとか国力をわからなかったのである
要するにわからないということは自惚れることにもなる。アメリカなど大したことがないと見ていた
敵を知り己を知れば百戦危うからずとなる。つまりアメリカのことを国民も知らなかったのである

いづれにしろなぜ人間は失敗するのか?それは人間の変わらぬテーマであり歴史のテーマである
繰り返すカルマでもある。事業で失敗するのも同じなのである
個々の人生もまたみんあ失敗の記録でもあったし今でもそうである、あの時こうすればよかったとか必ずだれでも後悔する
そしてもう何か成すべき時間は失い取り戻すことはできなくなる、その繰り返しだとなる。




posted by 天華 at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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