2025年07月25日

暑さで涼しさを求めて移住する―歴史的にも気候変動の影響は大きい 【東北の海岸は涼しいから住むにはいい】


暑さで涼しさを求めて移住する―歴史的にも気候変動の影響は大きい
【東北の海岸は涼しいから住むにはいい】

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仙台市は広いから全部がこの温度ではない

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●暑さを避けて人間は移住するようになるのか―東北の太平洋沿岸は涼しい

暑さは地域でも差がある、仙台市がなぜ35度とか高いのか?仙台市となれば相当に広いのである
だから海の方に行けばその中心部より涼しいとなる。海側は海風で涼しくなる
私の街でも街から出て海に向かうと海から涼しい風が吹いてくる、そこには田んぼしかないからである
もし家が密集していれば暑くなる、仙台市は家が密集している範囲が広い、それも暑さの原因になる

ともかく今日も暑かった、昼間は外に出れなかった。ぐったりとして寝ていた。
6時から7時すぎてやっと涼しくなった。熱気がこもり外に出れない、こうなると涼しさを求める
何か津波で家が村ごと流されたがその海岸が空地になっているからそこに避暑のために簡易な家を建てて住みたいともなる
ただ津波が怖いから建てる人はいないとなる。

でも海岸だったらクーラーなくてもしのげる、今クーラーが調子が悪く冷えない、それで困る
海岸だったら自然のクーラになるから健康にもいい、そんなことをどこに住むべきかとか考えるのもこの異常な暑さのためである
これは命にもかかわる。この暑さが長く続きこれからも続くとしたらどこに住むべきか考える
福島市が38度となれば住めるのかとなる。また盆地の場所は暑い、海側は涼しい、すると人が移住するともなる
つまり移住する条件が涼しい場だとなる。そうなると海岸地帯は有利である、それも東北地方の海岸は有利である

それにしても北海道が暑いことには驚いた。内陸部は暑くなる。でもオホーツクでも暑い、これは異常である
ヨーロッパではスペインが暑いから涼しい地域に移動するとか言われる
スペインとイタリアが砂漠化するとも報道される、それだけ異常な暑さなのである。住むことすらできなくなるという暑さである。何かトルコでは森林が火災で燃えている。それも暑さ故である

●南相馬地域は照葉樹林帯の南限の地

ともかく何か必ず住む場所でもいい面と悪い面が出てくる、津波の被害で東北沿岸は大被害になったがこの炎暑では見直される
移り住みたいという人も出てくるとなる。何が幸いするかわからないということになる。
気候変動は世界を変える。どうしても暑さを避けて涼しい場所を求める。涼しい場所が価値が上がる
だから福島市が38度となると住みたくないとなる。そこが県庁所在地になるのも適していない

いずれにしろ東京であれ仙台市でも人口密集地帯であり暑くなる。そういうな所には住みたくない住めないとなるかもしれない。それほどこの暑さは異常であり影響がある。電気も使いすぎるからエネルギー消費の面でも問題である
おそらく一千万の東京とか大都会は維持できなくなる。ヒートアイランドにもなり暑さで住めなくなる
そこを冷やすために膨大なエネルギーを消費するからである。大げさになれば文明を維持できないとまでなる
フランスでは暑くて原発が冷やすことができず停止したとかなる。
暑さのために文明の活動が減退して停止するともなる。それが世界的だから世界的変化が起きて来る

ただこうした気候変動は地球的地史からみればあった。東北の福島県の海岸は熱帯地域だったことがある
それで海にフタバスズキリュウが泳いでいたことがあったからである
また山の奥にサンゴの化石も発見されている。この辺は熱帯地域だったのである
だから気候変動は長い目で見ればありうることだったのである。また逆に氷河期が来るということもある

マルハシャリンバイは南相馬市の海老浜に自生したのか、それはここまで温暖な地域だったからである
照葉樹林帯の南限の地だったのである。スダシイ神社があるのもそうである。車輪梅は奄美大島から種が流れ着いてここに自生したのである。

●寒い時期ミニ氷河期は江戸時代だった―足袋は冬でもはいていなかった

 「マウンダー極小期」は1645年から1715年まで続いたミニ氷河期で、黒点の数が著しく減少したことで知られる。地球では寒冷化が進んだ。黒点を研究した天文学者エドワード・マウンダーにちなんで「マウンダー極小期」と呼ばれている。
 この時期は、英テムズ川が完全に凍結したことでも知られる

イギリスは寒いからそうなった。春にテムズ川の河口のベンチに休んだが寒かった

春寒しテムズ河口のベンチかな

イギリスは春でも相当に寒い、だからテムズ川が凍結したというのもイメージできる
ともかく人間の気候の影響は大きい、その気候の変化で世界も変わるとなる。

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1645年から1715年というと江戸時代が1600年から1867年だからこの時期に当たり日本も相当に寒かった
でも不思議なのは女性でも家の中でも外でも裸足であり寒い家で過ごしていた。

江戸時代は、靴下ではなく足袋(たび)を履(は)いていたが、それはもっぱら寒さしのぎの場合であって、庶民は病気でないかぎり裸足(はだし)の生活が日常だった。足袋は贅沢(ぜいたく)な履物で、多くの人々は裸足で下駄(げた)や草履(ぞうり)などを履いていたし、裸足で外を歩くことも珍しくなかった。

足袋(たび)は贅沢品だった

江戸っ子は雪が降っても素足で外を歩いていた?という話

江戸時代に寒い時足袋もはかないというのはどういうことなのか、何か原始的だったともなる。確かなことは足袋は贅沢品だったのである。だから裸足でいたとなる。

いずれにしろこの暑さをどうしのぐのかとなる。それで気候変動の影響を調べる。暑さと寒さではその対処も違ってくる
暑いと靴下もはかない、裸足の方がいいとなる。インドのリキシャの人は裸足だった。ネパールの山地の石の道を歩く人も裸足だった。だから意外と江戸時代でもそうであり原始て生活の継続だったとなる。でもそれをイメージできなくなっている
文明人はひ弱になっているとなる。そしてなぜ日本人が下駄をはいたのか、それは道が悪いから水たまりでも歩くとなると下駄の方がいいとなる。下駄が生まれたのは日本の風土に適合するものとして生まれたのである。



posted by 天華 at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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