2025年07月25日

先が見ないで失敗するのが人間であり氷河期世代を今になり何もできなくなった 【老人は必ず後悔し誤算だったとなるー老後の生活が苦しい】


先が見ないで失敗するのが人間であり氷河期世代を今になり何もできなくなった
【老人は必ず後悔し誤算だったとなるー老後の生活が苦しい】

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【老後貧困】ふざけんな!普通の年金生活が今より苦しくなる理由...口コミ30選紹介します

人間の失敗は、先が見えないことである。なぜ今、少子高齢化で苦しんでいるのか。それは氷河期世代の時将来を見ないからそうなった。おそらくのその時何が起きていたのか理解できなかったということはある。そのとき、危機感を感じていた人は少なかった。そのとき、フリーターとか言う働き方がかえって推奨されていたという感覚だった。
そういう自由な働き方が、その時代のトレンドとなっていた。でも、それが社会全体にどういう影響を及ぼすのか、真剣に考えた人は稀である。人間はその時、その時を生きるのに精一杯なのである。
来年のことを言うと鬼が笑う。来年のことすらわからないということである

その時大量の若者ががまともに正社員ともなれずフリーターとかになっていたがそれが将来大きな問題になることを指摘することを政治でも社会でもしていなかった。つまり、時代というのはあとから振り返ってあの時はこうすれば良かったとか常になる
今老人になっている人たちは年金だけで暮らせず物価高にもなり四苦八苦している。
そしてこんな老後になるとは思わなかったとみんな言っている。私たちは真面目に働いてきたのに税金も払ってきたのになぜ社会の邪魔者のようにされ老人は多すぎるから早く死んでくれとか見られる。
楽しい老後を夢見たがそれも今や現実に打ちひしがれていかに生き延びるかが課題になる電気代をガス代を水道代をいかに節約して生き延びるかとなっている。それは生活保護の最底辺の生活になっている

要するに人間が来年のことも分からないというとき10年後、20年後のことなど誰も考えないとなる。会社にしてもその時々で雇用をしている。十年先とかを考えて雇用しているわけではない。だから今、会社が。経営が。苦しいとなれば。氷河期世代の人々を正社員として雇わなかったのである。将来、人手不足になるとか会社が成り立たなくなるとか、そんなことは考えない。要するに、人間をそもそもその時々のことに対処するだけで精一杯なのである
だからとても精一杯なのである。だからとても十年先、20年先など考えないのである。また、考えられないのである。

だから老後を趣味に生きるとか自由に旅して生きるとかもできない、年金が足りないから働く、それもやっと生きるだけになる
年金が少なすぎるからである。ただこういう誤算は常にあった
人生を後悔しない人はいない、誤算だったとなるのが普通である、それは時代が影響する、もし私が戦前に生まれていたら若くして死ぬことになった。それは戦争が終わってから生まれたからそうはならなかった。これは幸運だったとなる
その時代というのもいろいろなことで影響して予測できないのである。だから未来を見て生きることむかしい
子供の時ソロバンが得意だったがそれは何の役にも立たなかった。それも徒労だった時間の無駄だった
今になれば子供でもコンピュウターのソフトのプロググラムをゲームなどを通して学んでいる

またワープロが生まれてそれがパソコンに発展した。その時確かにパソコン通信をしていたがそれが今のようなグローバルなインターネット社会になることを予想しなかったので日本ではITから取り残されて失敗したとなる
なぜならその時パソコンはオモチャのようなものだったからである。その時、やはり未来は見えていなかったのである。
つまりいかに未来を見るということが難しいかである。常にそこに思わぬことが起きてその計画も狂ってしまうのである。
それが今の老人の姿である、こんなはずじゃなかったこんなことになるとは思わなかったとなる
後悔先に立たずとなる。その繰り返しが人間に起きて歴史でも起きて来る
それはどうしても未来が見えないからそれに備えることができない、そして不慮の事故とか災害とが予期せぬことが必ず起きる
それで予定が狂うのである。今の老人は真面目に勤めて税金も払ってきたのに邪魔者扱いされて日々生き延びることで精一杯だとなる。

だから財産というときfortuneになる。それは運であり富でもある。別に苦労せず遺産を受け継ぐ人もありそれはたた運が良かったというだけであり別にその人が苦労もしないのに富を得たとなる。だからこの世は真面目にこつこつ働いても報われるとは限らないのである。そこにも誤算がある。私は苦労して働き税金を納めて来たのに報われないというときそうである
別に親から遺産を受け継ぎ富を得ている人もある。そこに運があり不公平だとなる
でも運の作用はどうにもならないのではないか?何か運は神が関与しているのかもしれない、聖書では明らかに預言者であれ神が選んだ人を守りその人を通して神の計画を実行させるということがあったからである
聖書はそもそも人間に直接神が関わったことを伝えた書だからである。

だからいくら優秀でも不運に死ぬ人がいくらでもいる。そこに時代の運不運がある。だからいくら税金を真面目に納めても報われなかったと老人が言う時どうにもならないとなる
努力は無駄ではない、でもソロバンを習っても何の役に立たなかったとかAIで職を失うとかあり予定が狂ってしまう
真面目に努力しても時代が変わるとその努力も無駄ったとなる
だから労せずして富を得る人もいる、いくら努力しても富を得られない人もいる、時代が変わりそうなる
つまり必ず人生は誤算になる。こんはずじゃなかったとほとんどの老人が人生を振り返るのである
結局人間はその繰り返しだとなる。老人が誤算だったという時みんなそう思っているからである

そして老人になると時代から取り残されて前時代の遺物のようになる人もいる、スマホができないとかインターネットのことなどわからないとなりSNSのこともわからず浦島太郎のようになる人もいる、時代変わり価値観が変わり取り残されてしまうのである。つまりこの世とは常に変化でありその変化に適応できないものは取り残される
それで老人になるとそれが否が応でも示されるのである。

いずれにしろ老人に未来はない、その人がどういうふうに生きたのかが問われる。人生の結果が問われる。これから何か成果を残すことはできない、だからいくら真面目に働いて税金を納めたとしても評価されない、それを次の代の人が感謝するわけでもない、だからそもそも社会のために尽くし生きてきたのに報われないというとき時代が変われば価値観も変わり評価されなくなる。戦争で日本人が3百万人死んでもそれも評価されないとなるのも恐ろしいとなる
命を賭けて死に物狂いで戦ったのに評価されないと同じである

そいうことで老人が報われないという時時代が変わってしまいそうなったとなるからどうにもならない、時代が変わると評価の基準が変わる。むしろ何かみんなアーチストになれという時社会に会社に尽くしても評価されなくなったからだともなる
人間はただ真面目に働いても評価されない、でもアーチストなら一つの作品でも長く評価されることがある
そして老人がこれだけ多ければ返って負担ばかり増えるとなり死んでくれともなる
そういわなくても若い人はそう思ているからそれが行為となって現れる
もともと長生きすれば恥多しと言われてきた、それも60才くらいで死んでいた時代でも言われていたのである
老人はそうなりやすい存在だということである。それが老人が多すぎるから余計に老人は価値がなく邪魔だ消えてくれとなったのである







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