気候変動と文明の成長発展の限界
【科学技術は万能ではない、気候は人間の力で操作できない】
この暑さはヒートアイランドだけではない、なぜなら北海道で異常に暑くなっている、これはヒートアイランドではない
大気の流れ偏西風とか関係している。地球規模で気候変動が起きている
もちろん大都会はそれにヒートアイランド現象がある。でも大きく見ると地球規模の気候変動が起きている
その理由が何なのか、二酸化炭素の排出量が増えたとかいろいろある
それは地球規模の文明活動が影響している
そうだとしても人間の力ではどうにもならない、文明活動を抑えろ減らせと言ってもそれを世界の国で一致してできない
例えば核兵器を減らせというときそれは核を廃棄することだから世界の国で協力すれば可能である
でも気候変動になるとそうはいかない、その原因も明確ではない、そもそも人間の活動量減らせと言ってもまた車を減らせと言っても簡単にできない、人間は何か減らすということが本質的に苦手である
増えることはいいことであり減らすことは経済でも歓迎されない、何であれ増やす思想が好まれる
だからGDの増減が常に言われる。
でもこの増やす思想が文明が限界に来たのではないか、少子高齢化は世界的に起きているという時もはやこれ以上地球で人口をふやしても養えないという状態になっている
大航海時代のような未知の世界ももはやない、あるとすれば宇宙になてしまう
だから資本主義の常に何か開発して新しい未開拓の世界に資本を投入して限りなく成長する思想は限界に来た
つまり地球は限られた世界で宇宙船でありその限定された中で生きることが要求される
そういう思想が東洋にあり仏教でもそうでありキリスト教でもそうなのである。必ずしも労働をいいものとしていない
なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。
こういう思想は東洋的である。それは老子の思想にも通じている。何か資本主義とは相いれない思想である
資本主義は無限に拡大成長を追求する。それはアングロサクソン系統から生まれた思想である
それはプロテスタントの思想でもある。労働して金を儲けることは隣人への奉仕であるというときそうである
そのことが気候変動と関係あるのかとなるとある
つまり無限に成長発展増大拡大化するのとは違った思想がキリスト教にもあった。つまりキリスト教も西洋的に解釈されたのである。
それが気候変動と関係あるという時、文明の活動量が増大して限界に来た。二酸化炭素が増える、それも暑さに影響した
だから人間の増大した活動量とかエネルギーの消化を抑えろとなる。ただこの思想は歓迎されない、でもこの気候変動が人間の過剰な活動にも原因があるとなればそれは現実社会の問題としてもある
現代は科学技術が宗教となっている、すべては科学技術で解決できるとなる信仰である
それは神に代わり人間が万能となり神になることでもある。でもそれが原発事故で人間は科学技術を操作できるものでないことを知らしめられた。明らかに人間の能力には限界がある。だからすべて科学技術で解決することはできない。
だから気候変動でもその原因でも明確ではないしまた気候を操作することはできない、もし操作してもその反動で地球の生態系が破壊されるとなる危険がある。
要するに政治でもそうだが人間の力には限界があり治められない、そしてバベルの塔のように崩壊する
人間の驕りが神により砕かれる、そこに人間の限界がある。
認知症でもその恐怖が優秀な人でも無能力となり馬鹿になるという恐怖である
だからそれは人間に対する罰だったのかとまで思った。
確かなことは人間の驕りは科学技術であれ限界があり砕かれる。決して人間は神のように万能になることはできない
いづれにしろこの暑さ異常でありそれに対処できず大変動が起きて人類の存続が危ぶまれるとまでなる
その原因は無限に発展成長増大するという思想にもある。だから逆説になるが世界的成長拡大ではなく江戸時代の閉鎖的環境で省エネ的生活がかえってSDGsになる。
しかしそれは誰も望まない、もっと多くもっと増やす思想が歓迎される
でも結果的にそういうことは地球が維持できなくなる。この暑さもそうであり様々な自然現象となり具現化する
つまり自然から人間の生活が制御抑制される。その大きな自然の作用に逆らうことはいくら科学技術が進歩してもできない
万能の神が治めるのであり人間は限界があり治められないのである
気候は操作できない、この異常な暑さは自然からの神からの人間への警告だともなる
ともかくいくら暑くても自然の中で涼しさがあるとき正に自然であり涼しいとなる。クーラーだと電気代もかかり不自然になる
海に行き津波の後に13年過ぎて成長した松の影で海からの風を受けたとき本当に涼しく生き返った気分にもなる
でも山側で36度とかなると耐えられない、でもここでは暑さでも一時でもしのぐことはできた
津浪より13年過ぎ成長す松影に休み海風涼し
津浪から13年過ぎて松が成長して影を成す、そこで休むとき風が涼しい、それで生き返ったようにもなる
つまりいくら暑くてもクーラーで冷やすのはいいとはならない、でもこれだけ暑いとどうにもならない、ここは海があるからいいのである
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