2025年07月21日

アメリカが何故銃社会なのか?【広大な大陸を日本では理解できない―過酷な西部開拓の歴史】


アメリカが何故銃社会なのか?【広大な大陸を日本では理解できない―過酷な西部開拓の歴史】

人食いと虐殺:オレゴン・トレイルの暗い歴史

オレゴン・トレイルは、東のミズーリ川と西のオレゴン渓谷を結んでいた。1841年から1869年にかけて、約35万人がこの道に進み、推定2万人から3万人が途中で命を落とした。
移民が持ち込んだ一般的な食料には、小麦粉、砂糖、米、ラード、ドライフルーツ、コーヒーなどがあった。開拓者たちは道中で狩りや釣りをした。牛乳、卵、ベーコンは家畜から供給された

アメリカはわかりにくい、でも西部劇とかでなじみがある。その映画は何か不良の若者が広大西部の原野を放浪する
途中食べ物がないのでウサギを銃で撃ち殺してその肉を食う、それが残酷に見る、これは現実を反映している
なぜなら本当にそうして食べ物がないから狩猟して動物を殺して食べた
また食べるものがなく人肉を食べた、殺してまで食べた、それほど過酷だったのである

その映画では原野に一軒の農家がある、そこで食料を確保しようとする
でもそこの主人は銃を持ってでてきて食事を出しても銃を構えて食事させる
そうした原野では誰も守る者がいない、その辺で現実に野盗が徘徊している
銃は手放せないのである。その継続としてアメリカでは銃を手放さないとなる。

何か今日本でも盗みに入るのは街中ではなく人家が少ない辺鄙な所に住んでいる家であるという、そこは人の目がないから入りやすいのである。だからかえって危険だとなる。そこを狙ったのは外国人でもあった。
つまり外国人ということは他の国にきて犯罪者にもなりやすいとなる。ただ別に犯罪は近くの日本人でも常に起きている
今や生活が苦しくなると犯罪が増える。でも辺りに人家がない人の目がない一軒家は危険である
それはアメリカでは荒野の一軒家が危険なのと似ている

なぜアメリカでは銃が手放せないのか?それが常に疑問だったけどそういう背景があった。
つまり治安を維持するには自ら守らなければできない、自警団を持たなければ守れないのである
つまり相手を簡単に信用できないのである。
なぜアメリカには弁護士が異常に多いのかとなればやはりもめごとが多く相手を信用できないからだとなる
それは銃で自分を守るほかない歴史がありそうなった

約35万人がこの道に進み、推定2万人から3万人が途中で命を落とした。

西部開拓は命がけだった。西部劇を見ても常に危険がありインデアンに襲われるとか食料を得られないことがあり過酷であった
何かそれを映画で見ると娯楽になりその現実が見えなくなる。そこに映画などの問題がある
やはりリアリテイがないと真実は見えないのである。つまり日本でも時代劇になるとそこにリアリテイを見ないとただの娯楽になる。そこに映画や小説などの問題がある。

ただ三万人が死んだとかまた戦争で何百万人死んだとかなっても何かリアリテイがない。現実に思えないのである
そこに歴史を知る問題がある。別に過去は今生きている人にかかわらないから娯楽にもなる
その恐怖も感じなくなる。でも今でもやはり犯罪が増えるという時そういうことを自分でも経験した
だから今経済的に苦しくなると犯罪が身近になる。犯罪は常に存在した、なくなることはないのである

いずれにしろアメリカとは何なのか?それが理解できない、それは空間軸でもそうだし時間軸でもそうなのである。
空間軸(地理)と時間軸で理解するとしてもそもそも空間軸でもアメリカは広すぎるのである、他の国でもそうである
そこからして理解できなくなる。カリフォルニア州だけで日本より広いとなるとその広さを理解できなくなる
その中に砂漠がありあまりにも広大な土地がある。それが狭い日本で生活するのとそもそもが感覚的に違ってくる
それは中国でも同じである。その広さが理解できないのである

確かなことは広大な土地で生きることは守るものは自分だけだとか自警団を組織するとかなる。その意識が違っている
危機意識が違っている。何か大陸ではロシアとかでも常に侵略される恐怖がある。だからその前に攻めるというとき
それは侵略されてきたことがトラウマとなりそうなる。
日本は海が自然の防壁となり他国から侵略される危機感がもてなかったのである

ともかく西部開拓のアメリカの歴史がありそれがアメリカ人の気質アイデンティティを作ったことはある
過酷な荒野を移動して新天地を目指した、また大西洋を渡りアメリカを発見して移住した。そういう歴史があり
代々一つの狭い土地に定着して生活した日本の村社会とは余りにも違っているのである
アメリカは広いから移動社会でもありアメリカ内を移住する。それは西部劇時代の延長でもあるとなる
つまり一か所に定住するというのではなく広いアメリカを移動して移住する
その移動も過酷であり命がけだった。それは西部劇時代からの延長だともなる、何か日本人は村社会であり狭い土地にへばりついて生きる他なかった
そこからいじめとか村八分とか何か陰湿なものが生まれる日本とは違っている
それは良し悪しではなくそういう社会が空間的に歴史的に作られてきたということである








posted by 天華 at 10:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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