春の平泉の短歌連作ーみちのくの都の跡には自然があり美がある
春日さし昔大路と我が歩み古思ふ都の跡かな
春の日や無量光院跡その池に映す影や夢にしあらむ
御池にそ春の陽まぶし影映す無量光院夢の跡かな
みちのくの浄土にあれや大池に春日耀ふ仏いますらむ
大池に映りきらめく春の星いくつや美し浄土なるかな
大泉が池岸辺広く礎石かな柱太しも春の日暮れぬ
みちのくの都の跡の大池に映す桜やたちまち消えぬ
みちのくの都の跡や若草に春の光や虹の切れ端
みちのくの都の跡や我が歩み古思ふ春の暮かな
藤原の三代の栄華金色堂まばゆく映えて春の夢かな
金色堂螺鈿の光り御柱に細工こまやか仏輝く
風荒れて義経堂の桜かな波乱の一生みちのくに死す
春の日にはなやぐ女なお若く桜に映えて大和撫子
(北上川)
北上川流れや遠く石巻海にそい出や春の風吹く
北上川蛇行し流るその岸の広々として春の日さしぬ
北上川広き岸にそ遊ばんや春の雲浮き心なごみぬ
平泉だと近くだから何回も行ける、それで四季に行っている。春には虹の切れ端が残ったのを見たのが印象的である
平泉の魅力は堂塔伽藍が焼失してもそのあとに何か残されたものが自然の中にありそれが美となっている
大都会だと自然の中に映えないのである。だから残されたのは無量光院跡であれば何もないのである
でも前に池があったことをイメ――ジする。それがかえって美しく見える
平泉は都だったしてもイメージしないと浮かんでこないのである
ともかく美は自然と調和するところにあり、大都会のビルの谷間や雑踏には映えないのである
いくら人間が人工的美を作り出してもやはり自然のなかにこそ本来の美がある
不思議なのはなぜ太平洋戦争とかで300万人死んだのにそれが語られないのか?
でも会津の悲劇は語られるのはなぜかとなる。それは美があったからかもしれない
悲劇であっても人一人の悲劇が語られる、そしてその後は純白の雪に覆われたのである
太平洋戦争とかでは原爆の悲惨な跡とか東京の焼野原とか言葉を失う情景である、そこでは言葉にできない余りにも無残なものになっている。失礼にはなるが会津の場合は確かに悲惨なのだがそれが語られるのは美しい自然がありそこで繰り広げられた悲劇だったからともなる、そしてその戦の後はまた純白の雪に包まれたのである
人間の暮らしを神が隠したという時そうした悲惨な悲劇でも自然があれば純白の雪に包まれ消されるということがある
それが救いとまなる。でも現代の戦争はそういうことがない、東京の焼け野原は余りの無惨でありそこには自然がないから
自然に包み隠されることがないから醜悪なものがむき出しになった無惨がある
そもそも大都会は美は消失した場でありそれで空襲でさらに無惨なものとなったのである
まず大都会はそもそも美は消失した場所でありそこには醜悪なものがむき出しになっている
つまり自然に包み隠されているとき本来の美がある。だから大都会から生まれてくるのは醜いものとなる
カルト教団でもそうである。そういう場所には美は全く生まれない、山で修行した僧とは余りにも違っている
そこではだから美がなく心も浄めらえることはない、殺伐とした世界なのである
それと比べると平泉は確かに堂塔伽藍は消失したのだがそこに自然があり自然の美が映えているのである
都会でも盛岡市とか岩手山が映え弘前市だと岩木山が映える、そこには美がある。仙台市とかなると大きくなり美が消失する
それでも広瀬川とかありそれが潤いを与えているのである
北上川は大きな川である。その全容はわからない、ただ北上川は石巻まで通じて舟運もあった。それは陸奥を貫き流れているとなる。