冬に入る玉野村
【知られざる世界がまだ身近にあった】
【玉野村の歴史冬に入る俳句短歌】
冬に入る玉野村
トンネルを抜けて開けた平地があった
玉野村や大根干す家冬に入る
昔の道が残り古い碑が並んでいた
枯草に二つの大石動かずも
近くの家の空家となりて淋し
我がそれを心に留めて帰り来ぬ
人間は近くでもわからないことがある。何故玉野村でも本体がトンネルをくぐった所にあったことは意外だった
前に行ったことがあったが直線の近道をいつも行っていたのでわからなくなった。それでこんな所に平地が開けて村があったことが意外だった。ただ江戸時代とか交流がない時代はそういうことが結構あった。それで柳田国男の遠野物語では山の奥に立派な家があったとか何かそうした家が神秘的なものとして語られている
それは何故かとなれば人々が交わらない生活をしていたからだとなる、歩くしか移動する手段がないからである。
それで隣の村でも麦付きに来た若者が蛇だったかの伝説がこの辺で伝わっている。それは人が交わらない結果としてそうなったのである。
だから玉野村に来てここに村があったのかと不思議だった。前に来たことがあったが全く忘れていたのである。
こんな所にも人が暮らしていたのだと再認識した、実際は忘れていたので初めて来たのと同じだった。このように近くでもわからないことがある、江戸時代とかなると歩くほかないのだから余計にそうなる。
そして玉野村の平地を出て二つの大石が並んであったのが印象的だった。二つ石とかなる。でも空家が一軒とか何か寂れて行く
何故玉野村が形成されたかは平地があったからである、山の中ではめずらしいともなる。山の多い日本では平地があることがが村落を形成することになる。
いずれにしろ山が多い日本では閉ざされた世界で生活していた
だから山に遮られて隣の村でも知らない未知の世界にもなっていた。ただあそこにおトンネルがありそこをぬけると別世界があったとかなる、ともかく日本はトンネルが多い、自転車で怖いのはトンネルなのである。歩道を歩くほかないが歩道がない所もありそうなると本当に真っ暗であり車が来るから危険なのである
ともかく真っ暗な道を丸森まで自転車で行ったことはまた旅であった。筆甫は真っ暗であり人家の灯もわずかだった
街からは相当離れている。旅の行程としては梁川から白根から松坂峠を上ったことは何か制覇した感じになる
ただバッテリーが切れて歩いたことで後で体の節々が痛くなった
結構無理したし体力がなくなっているからそうなる
やはり真っ暗な夜に行ったことで印象深いものにもなった
そこは道を知っているから行けた。もし遠くで知らないところだと不安になり危険にもなる。でも若い時なら体力がまだあるから行けたとなる。今はそれができないので残念だとなる
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