2023年10月15日

茶道がなぜ日本から生まれたのか 【日本の日常生活から生まれたわびさびの世界―大陸ではgrandなものが好まれた】


茶道がなぜ日本から生まれたのか

【日本の日常生活から生まれたわびさびの世界―大陸ではgrandなものが好まれた】

wallredleafroom.jpg

charoom.jpg

charoomshouji.jpg


●薄茶と濃茶の違いって?

greentea.jpg

密室に濃茶を飲みつ交わりぬ紅葉の色の赤さを増しぬ

お濃茶のお茶碗は、楽焼の楽茶碗のように柄が入っていない格式の高いお茶碗が使用されています。

一般的によく設けられているお茶席は大体がお薄なので、茶道を習っていない方は馴染みのある方がお薄だと思います

茶事では、招かれた客は座敷の寄付き(控えの間)で
身支度を整えて他の客が集まるのを待ちます。
客が揃うと、茶室の庭(露地)にある待合で待機します。

茶事では、招かれた客は座敷の寄付き(控えの間)で身支度を整えて他の客が集まるのを待ちます。

茶道というとき客をもてなすことから始まった。茶というとき別にお茶は食事の後に飲んでいた。何かご飯を食べた後に茶碗でお茶を飲む。だからその茶碗を特別のものとして作って飲んだのはお茶の始まりともなる。なぜ茶の湯のの茶碗が大きいかとなればやはりご飯を食べる茶碗が大きいからである。

だから風流にしても文化にしてもそれは日常の生活から生まれたのである。そもそも俳句でも基本は日本の四季という自然があり農業はあって俳句も生まれたのである。
だからカルチャーとはcultivate【耕す】ことにから始まっていたのである。アグリカルチャーのアグリとは土でありカルチャーは文化であるから農業そのものが文化だったのである。

●外国ではGRANDが好まれた

雄大な、壮大な、盛大な、豪奢な、華やかな、威厳のある、堂々とした、偉い、遠大な、崇高な

この言葉が好まれるのは外国の建築でもなんでも豪勢なものが多い。それはやはり大陸では王様がいてそこに富が集中する。だから中国のように始皇帝とか地下まで大宮殿を造りそこでなお生きようとしたのである。またヴェルサイユ宮殿など見ればわかるように贅を尽くしたものとなる。ただその対象として宮殿内に農家を作り豪華なものと対象的に質素なものを作った。それが日本のわびさびの世界となる
なにかベルサイユ宮殿を見ていると疲れるからである。
つまりそうした豪華なベルサイユ宮殿とは日本の文化は正反対である。その原因はまた日本自体がそうしたい大陸とは違って贅沢のできない王様でも富が集まらないためにそうにもなった。

日本はそもそもそうして質素な生活をしていた。またそれはそうならざるを得なかった事情がある。今でも庶民の家は狭いからである。つまりそもそもは日本人は茶室のような狭いところで住んでいたともなる。江戸時代の長屋などがそうである。また現在でも外国から見ると日本の家はうさぎ小屋だと言われるのもそうである。土地も狭いし豊かになれないからそうなったのである。でもそのために逆に質素な茶室を作るそれが一つの日本的文化となったのである。

野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。  栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった

これにも通じているのが茶道でもある。そして人の出会いを演出する場を作ったのは茶室である。待合というのがありそこで茶室に入り出会う人出会う人とを待つ待っている。直接会うのではなこで待つということで何か出会いを演出する
●待合があり待つ時間が人間的時間を作る

奇妙ではあるがなぜ鉄道の駅というのに惹かれるのか。それはそこで待つ時間があるためなのである。そこで電車がくるのを待っている。親しい人が来るの期待をして待っている
その待つ時間が人間的時間になっていたのである。また別れる時もそうである。駅では別れを惜しむ時間になって時間を持つことになったのであるなっていたのである
意外と現代ではそうした待つ時間とかは無駄なとして価値無いものとして見られる。でも待つ時間が人間的な時間になっていたのである
だから待合というのがあるのはそこに人間的時間を作り出したとなる。
とにかく現代は効率的とか無駄をしないことが第一になる。そこで待つ時間というのは無駄な時間になってしまうのである。
茶の湯とはそもそも忙しい日々の生活から離れて人が出会い親交を深める。それは日々の日常の生活から遊離した場所だとなる。

面白いのは薄茶と濃茶があり薄茶は普通に飲むものだけどこちらは濃厚なものでありそれはまた密室の中で濃厚に人が交わるともなる。そこで使う茶碗も特別なものとなっていたのである。
いずれにしろやはり茶道は日本の文化であり知る必要がある。ただ現代でわは何か茶道というと日常生活から離れて特別なものとなった。第一本格的な茶道の世界となれば面倒になる。
そういう暇を持ってる人は少なくなった。私自身もそんな茶の湯をを楽しむという暇はない。今や家事に追われているからそんな面倒臭いことをできないのであ。何かまどろっこしくなっているのである。そんな手間暇をかけてそこに時間を費やすということがそういう時間の余裕が現代にはなくなったのである。

そのことはまさに現代の余裕のない生活となってしまっていることは確かである。日々時間に追われて待つ時間がない。
それは鉄道の駅でもそういうことが言える。もうそこで十分でも待つことは長く感じられるからである。それで高速道路のSAでは待つ時間がないのである。食事でもしてトイレでも用を足せば去るだけだとなってしまうのである。だから鉄道の駅で待つということはそこに人間的なものは生まれていたのである。

だからこそ車社会になったとき社会そのものが人間そのものはどれだけ変わってしまったかそれをこれまでも書いてきた。車には何かまず待つ時間とかない。ただ目的地にまっしぐらに行くだけである。途中は省かれるのである。旅は道連れ世は情けはなくなったのである。だから人間そのものが殺伐となってしまったのである。それは世界的に共通していることであり大都市ではどこでもビルが建ちと高層ビルが建ち似たような風景になっているのである。だから大都市には文化は無いのである。文化とはその土地土地を耕すということからきているのだからその土地土地の風土とか土から離れたら文化もないのである。

●現代社会では茶の湯を楽しむ時間の余裕がない―車社会の影響

だから現代では1000万の大都会とかあっても文化は生まれないのである。それは世界的に共通した現象なのである。それがもし車が走らないとこがあったらまるで江戸時代に戻ったのような不思議な感覚になる。それをこの辺でわ原発避難区域になった小高などで感じたのである。車がほとんど通らないからである。
でもそれが逆に街自体が寂れた間ものとなってしまったのである。でも今の車社会が日常的になったとき車が通らないということは逆にその社会までがまるで違ったものになる。
だからどっちにしろ車というのはどれだけ人間社会を変えたか分かるのである。そこにはプラス面もありでも必ずマイナス面もある。でもこれだけの車社会になったときそのマイナス面を感じるようになった人もあり見直すべきだとなるのである。

とにかく戦前でもさらに江戸時代でも時間の感覚が違ってくる。江戸時代のように寺の金が時報になっていればそれは自然のリズムに近いから時間の進むのが遅いのである。今のように1分刻みで時間は計られない。だから今感じている時間と当時の時間の感覚は相当に違っている。そして今のようにめまぐるしく車が行き来したり何か追われる感じはしない。時間はゆっくりと過ぎていたのである。時間を感じる時環境によって相当に違ってくる。だから車が通るのと通らないのでは時間が時間の感覚が違ってくるのである。
もし車が通らなければ時間はゆっくりとすぎて時間の感覚が違ってくる。だから時間の感覚というのは時計では測れない。その環境とか時代の影響を受けて時間の感覚というのは違ってくるのである

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/190609736
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック